18.
「お帰り。街に出た感想はいかが?」
ベースに着いてすぐに、カウンターの中にいたベリルが嬉しそうな顔で声をかけてきた。先程起こった、蒼羽とスキンヘッドの男とのやりとりを勢い込んで話す。
「なんか蒼羽さん映画のヒーローみたいでしたよ。あたしがあきらめて目をつぶった瞬間、かっこよく登場。って感じで」
「うーん。蒼羽はおいしい所を持っていくね。もしかして全部仕込んでたんじゃないの?あぁー、でも私もその場にいたかった」
ベリルは残念そうにこちらを見て言う。
「馬鹿な事を言ってないで、早く準備しろ」
2階から蒼羽が降りてきて、口を開く。手に救急箱と小さな銀色のケースを持っていた。
「え?何?何が始まるの?」
ベリルが蒼羽と自分を見比べていた。
「あ、蒼羽さんにピアスホール開けてもらうんですよ。センターで貰ったんですけど、あたし怖くて今までピアスつけた事なくて」
目を見開いて、ベリルが蒼羽を見ると、彼は視線をそらした。驚いた顔をまた笑顔に変えて。ベリルはにこにこと自分を見つめた。
「・・・や。怖、ちょ、や、まっ」
「・・・落ち着け。痛くない。動いたら傷がつく」
ソファに座って、肩をすくめてびくびくする緋天を、隣に座ってなだめる。何故それほど怯えるのかが判らなかった。
「わ、判ってるんですけど、心の準備が」
「動くな。あきらめろ」
緋天の首を支えて、ピアスを開けるキットを持つ手を上げた。
「っん。やぁ。怖いー。んん」
自分の手に押さえられて、必死で目をつぶる緋天の顔がおかしくて。
つい笑みがこぼれる。もう少しこの状態を続けて、緋天の反応を見ていたい、と思ったけれど。また動いたら危ないと考え直して、急いで緋天の耳たぶに針を当てた。
「ん?あれ?終わりました?」
目を開けて、ゆっくりと顔を上げる。潤んだ目が自分を見上げて、何故か目を逸らさなければいけない気にさせた。
そんな彼女は左の耳たぶに手を当てて、首をかしげる。
「あ、なんか変な感じ。んん?貰ったピアスと違うような気が・・・」
疑問に答えてやる為に手に持ったピアスキットを緋天に見せて言った。
「これだと、あのピアスは使えない。変わりに小さいやつをはめた」
「え?そうだったんですか?びっくりしたー」
「明日はめ直す。今日はそれ付けておけ」
はい、と行儀良く返事をする緋天に、ベリルが声をかけた。
「無事終わった?・・・緋天ちゃん、相手が蒼羽で良かったね。違う人なら、例えばセンターの若者なら、君、もっと怖い目に会ってたよ」
「ええ?どういう意味ですか?」
困った顔をして笑うベリルを、緋天は不思議そうに見ていた。
「えーと。結局これからの緋天ちゃんの予定は?」
一段落ついた緋天に必要事項を確認する。
「ああ。やっぱり家族に心配かけないように、って事で。第二・第四土曜と日曜を休む事にして。センターに行っていろいろ話をしたりするのは、来週からでいいみたいです。明日は第三土曜だから、ここに来て、蒼羽さんのお仕事にくっついて行って、勉強しなさい、との事です」
左の耳たぶをなでながら答える緋天を蒼羽がちらりと見て。
「うん、まあそれが一番いいだろうね。たいした事はしないんだけど、蒼羽についてたら、結晶と雨の関係も良く判るし」
「と、いうわけなので。蒼羽さん、明日よろしくおねがいします」
緋天は隣に座る蒼羽に、ぺこ、と頭を下げた。
「ん」
自分から蒼羽に視線を移した緋天を、これまた無表情で見る彼だけれど。
短い返事をよこす蒼羽を目にして、いい傾向だ、と思う。一定の人間を除いて、他人に対して無関心、どこまでも冷たい態度を取る蒼羽が。緋天に対しては、少しずつ、態度を軟化している。始めはびくついていた緋天も、今では普通に話しかけている。こんなに効果が出るとは思わなかったので、内心驚きっぱなしだが、ものすごくうれしい。
心の中で緋天に感謝して、ガラス扉から外を眺めた。外は薄暗くなり始めていた。
「緋天ちゃん、外暗くなり始めてるよ。時間大丈夫?」
携帯を取り出して時間を確かめる彼女。
「わ、もう6時半だー。今日はもうやる事ないですか?」
「うん。帰っていいよ。明日は何時頃来る?」
「えっと、オーキッドさんに毎日9時にここに来ればいい、って言われたんですけど、明日もその時間でいいですか?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、明日9時に。お疲れ様でしたー」
立ち上がって扉を開けて。明るく職場あいさつをして、緋天は帰って行った。ゆったりとソファに座っていた蒼羽がその視線を彼女の背中に向けていて。口元がほころんだ。
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