17.
「おい、あの娘、お前が連れてたアウトサイドだろ?」
顔なじみの武器屋の息子が、注文していた製品を届けに追いかけてきた。説明を聞いていたら、自分の後ろを指差して嬉しそうに見ている。
「ん?あららら、なーんかタチの悪い奴に声かけられてるぞ」
言葉と表情が一致しない彼にそう言われて後ろを振り返ると、確かに、良くない種類の人間に絡まれているのが見えた。
「お前、警備兵呼んで来い」
捕まえた後の事を考えて、右側の通りに足を進める。
「え?なんでそっちに行くんだ?」
相変わらず、悠々と笑いながらそんな事を口にする。この状況を楽しんでいるのは明らかだった。長い付き合いだからこそ、そんな風に構えているのがこちらも判っているので。あえてそれを指摘せずに答えた。
「あのスキンヘッドの仲間がいる。騒ぎ出して逃げられたら面倒だ。後ろから回り込む」
「ひゅう。かーっこいい」
背中にかかった、からかいの声を無視して走り出した。
「手を離せ」
男の右手が緋天の首から外れた。彼女のほっとしたような顔を見て。男はにやついた笑いを浮かべて自分に目を向けた。
「ガキが正義の味方ごっこか?自分の女と何しようがお前に関係ないだろうが。このナイフを外せ」
彼女が困惑げにこちらを見る。何と言ったのか雰囲気で察したのだろう。その目から視線を逸らした。ナイフを動かして、男ののどに浅く食いこむようにする。
「お、おい。ナイフをどけろと言っただろ?お前ら、何とかしろ」
男は自分の背後にいるはずの手下に声をかける。緋天の目には、その手下の時間が止まったように、立ったまま凍りついているのが見えているだろう。実際は、左腕を伸ばして、手下の動きを石の力で押さえ込んでいるだけなのだが。
仲間が動かない理由が判ったのだろうか。男がようやく緋天の腕を乱暴に突き返す。反動に耐えられず、彼女がよろけてその場に転んだのを、目の端で一瞬とらえた。
「おい、そこのおっさん。いいのかよ?あんたにナイフ向けてんのは、予報士だぜ?」
背中で、警備兵を呼びに走らせたアクセサリー屋の男の声が聞こえた。
「な、うそだろ?こんなガキが予報士なわけないだろ?うわっ、何だ!?」
スキンヘッドの男が急にうろたえる。その後ろからそろいの服を着た、警備兵が出てきて、素早く3人のならず者を縛り上げて、連れて行った。
気付いたら、まわりに人が集まり始めていて。
蒼羽が座り込んだままの自分を上から見下ろしていた。
「行くぞ」
眉間にしわを寄せてそう言って、彼はこちらの右腕を引っ張り上げる。
「っや!」
掴まれた場所が、つい先程まで男が力を入れていた所で。そこから生まれた嫌な感覚を再び思い起こしてしまった。思わず彼の手を払いのけてしまっていた。
咄嗟に出た拒否の声に驚いて蒼羽は左手を離した。再び地面に座り込む自分を見下ろす。その目が一瞬逸らされてから、更に眉間にしわが寄った。
「・・・え・・・っ」
突然起こった事に思考が追いつかない。
一旦離れた蒼羽の左手が、再び伸ばされて。腰をかがめた彼の、その腕が体に回った。
一気に上へと引き上げられて。
極々近い位置に、蒼羽の肩。背中に添えられた暖かい手がそっと離された。きっと今、自分は赤い顔をして彼を見上げている。せっかく気を遣ってくれた蒼羽にお礼の言葉も口にできなかった。そんな自分の視線に戸惑ったのか、それを打ち消すように彼は口を開いた。
「見せろ」
蒼羽の手が右袖をまくり上げる。
男の指の跡が、見事に。腕に、赤く浮かび上がっていた。鋭い目をしながら蒼羽は左手でそこに触れて、親指でそっと跡をなぞる。
「痛いか?」
その感覚に、更に頬に熱が上がっていって。
「へっ!?いや、あの、その、痛いんですけど大丈夫デス」
彼のその行動が何を意味していたのか、ようやく悟った。間抜けな声を出した自分に、相変わらず笑みも見せず。
「そうか。じゃあ帰るぞ」
1人で慌てている自分にそう言って、蒼羽は歩き出した。
緋天が背中から、さっきの手下を止めていたのは何だったのか、と問いかけた。振り返って、彼女に歩みを合わせる事を思い出した。
「左手のグローブに石を仕込んである」
「ほあー。なんか石って便利ですね。重い物軽くしたり、言葉を翻訳したり」
感慨深げに緋天がそう言って、横に並んだ。その言葉にピアスを思い出す。
「ピアス。早くつけろ」
「うっ・・・実はピアスホール開けるの怖いんです」
どうしよう、とつぶやいたその顔が、妙に面白く感じて。勝手に自分の口から信じられない言葉が出ていた。
「痛くない。俺が開けてやろうか?」
緋天が目を見開いて、自分を見て言った。
「え、本当ですか?」
びくびくしながら自分をのぞきこむ、その顔もまた面白くて。
「ああ、すぐに終わる」
自分でも気付かない内に微笑んでいた。
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