16. 

 

来た時と同じくらいの速さで蒼羽が先に進む。いつの間にかテントの並ぶ通りから外れていて、少し細い道を歩いていた。自分の足がまた小走りになっているのに気付いて、蒼羽の背中に声をかけた。

「蒼羽さん、ちょっと、スピード落として下さい・・・」

 立ち止まって蒼羽が振り返る。そこには驚きの顔。

「ああ、そうだった。悪い」

 自分が追いつくのを待って、蒼羽が言う。眉間にしわはあったけれど、その言葉に冷たい響きはなくて。これは、この人なりにかなり気を使っているんだと判って、オーキッドを思い出す。蒼羽がこれだけ言う事を聞く彼は、一体何者なのだろうか。

「ん?あいつ追いかけてくる。なんだ?」

 蒼羽が自分の頭を飛び越して、その後ろを見て言った。

「ちょっとここで待ってろ。すぐ戻る」

振り返ると、通りのずっと向こうに、さっきのアクセサリー屋の男がこちらに向かってくるのが見えた。蒼羽が来た道を引き返すの見送って、通りの脇に備えられたベンチに腰を下ろす。足をぶらぶら遊ばせる。つま先の向こうには小さなピンクの花が、レンガの隙間に咲いていて、それをつついてから、歩いてきた道を見た。

蒼羽がアクセサリー屋の男と話しているのが見えて。しばらく眺めていたら、相手の男が大きく手を動かして何か言って、蒼羽が真面目にそれに答えるのが見えた。

「無視してない、って事は、大事な話かな?長くなりそう」

  

 

また足元の花に目をやって、暇つぶしに足を遊ばせる。ふと、その場の日が陰った。上を向くと、目の前にスキンヘッドの大男。にやにや笑いながら何か話しかけている。

 目元に傷。派手な紫色のシャツを着ていて、太い腕には刺青らしき模様。

外見で人を判断してはいけないけれど。見上げたその男の事は外見で判断していい気がする。

 男の後ろには、似たような派手な服を着た、子分らしき2人がいた。

「すみません。言葉通じないので。それに人を待っているんです」

 通じないとは判っていても、できるだけ丁寧にそう言って、目の前から立ち去ってくれる事を祈る。

知らない言葉を聞くだけで、どこかへ行くだろうと思って。

大男はこちらの言葉を聞いて、少し驚いたけれど、気にせずに話し続ける。すばやく隣に座って熱心に何かを言って、右腕を引っ張って立ち上がった。

「え?ちょっと、え?離して下さいよう」

 どこかへ行こうと言っているのは雰囲気で判る。昨日の蒼羽のように、強制的に自分を連れて行こうとする、男の腕を離そうとして立ち上がった。そのせいで余計に引っ張られる。子分の顔に明らかに下卑た笑いが浮かぶのが見えた。

「こらー。人が穏便に済ませようとしてるのにー。いいかげんに離してよ、このハゲ。あと、そこの子分も調子乗らないで」

 少し強めに言い放ってにらむ。さすがに馬鹿にされたのが判ったのか、3人とも顔つきが変わった。右腕に手を食い込ませて、歩き出す。

「っい、たい・・・どうしよう、これかなりヤバいっ」

 蒼羽に助けを求めようと。振り返って通りを見たら、蒼羽もアクセサリー屋の男もさっきまでいた場所に見当たらない。

「えええ!!やだぁ、どうしよう」

 頼りになる相手が見当たらなくて。出した声が自分の耳にも弱く聞こえた。同じ音を聞いた男が嫌な笑いを浮かべて自分に向き直る。左手は相変わらず腕を握ったままで、右手で首を後ろからつかんだ。男の親指がのどの上をさわって、あごを下から支える。

脂ぎった男の顔が、間近に近づいてきて、やっとその行動の意味を悟ってしまう。

「え!ちょっと!何すんの!やだ、やめてよ!」

 またしても。自分の口から出る抗議の声は、弱々しく響いた。怯え声を聞いて、さらに男の笑いが深まる。顔を近づける。

首とあごを押さえられたせいで顔をそむける事も出来ない。

「やだってば!!やめてよぅ。やだぁ・・・」

 どうしようもないほど男の顔が近づいて、涙が浮かんでくる。逃げられないこの状況で、最悪な事をしてくる目の前の男の前では泣くものか、と思い。

ぎゅう、と目をつぶった。

 

 

 

 

「やめろ」

 聞き覚えのある声だった。

自分がどれだけその声を待ち望んでいたか、ほっとしながら気付く。目を開けると、目の前の男ののど元に、細身の長いナイフが当たっていた。

そろそろと男の顔が遠ざかって、低い声が聞こえる。

「手を離せ」

  

 

男の右側に蒼羽の背中が見えた。

 

 

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