空を仰げば 1
気付けば、ひとりだった。
世間でいうところの、家族、それが自分にはないものだと。
それを悟ったことで、生きる為に必要な、一般人には到底必要でないものを、吸収することに持ち得る限りの全てを注ぎ込んだ。もともと、その才があったのかもしれない。言葉を発するのも、それを使って大人に意見するのも、同じ歳の子供と比べ物にならないほど早かったと記憶している。
「蒼羽! 待てってば!!」
自分の上げた声に、先を行く彼がちらりと自分を振り返った。
それで足を止めることはせず、変わらぬペースで歩く蒼羽の背中は、相変わらず冷たい。
「なぁ、来月遊びに行くから。また競争しようぜ!」
走って追いつき、横に並ぶ。並んだはいいが、コンパスに圧倒的な差があるので、速足になって彼の顔を窺った。無表情だったその顔の、両目が少しだけ細められる。そのまま横目で見下ろし、蒼羽の口から落ちるのは溜息。
「シン。いい加減、諦めたらどうだ?」
「やだ! 絶対勝ちたい!!」
必死になる理由は自分でもよく判らなかったけれど、いつも彼に追いつきたいと思っていた。目標とするのは蒼羽で、今の自分では決して勝てない勝負を挑む。勝負と言っても、それは彼のトレーニングに付き纏って、我武者羅に同じ量を早くこなそうとするだけの。一方的なものではあったが。
「・・・無理するなよ」
ふ、と蒼羽の口元が小さく緩む。
多くの人間は、蒼羽を無表情だと言う。自分もそう思う。
けれど、たまにこうして彼は表情を変えるから。変える相手はごく僅かだけれど、それでも自分がその中に含まれるから。優越感が生まれるのだ。
蒼羽の、領域内。
自分は、選ばれた人間だと。
「蒼羽。良かった、探す手間が省けたわ」
前方から声がかかり、蒼羽から視線を移す。
「なんだ?」
「これ、前に読みたがっていたでしょう? 第三書庫で見つけたわ」
「ああ・・・」
眉を上げて、差し出された本を受け取るだけ。そうされた相手もそれを気にせず、表情を変えない。
「アルジェ」
陶磁器のような美しい肌と、透き通った水色の双眸。
それから、とても珍しい銀の髪。
「あら、今日はお菓子持ってないわよ?」
これだけ美しい彼女を前にして、平然としている蒼羽も。
優秀な予報士として、今や雲の上にいる蒼羽に対して、少しも変わらないアルジェも。
自分とは違うところに立っている気はしたが、他の人間よりも惹かれてしまうのはどうしようもなかった。二人が立って並ぶその光景は、部外者が言うように、ものすごく近寄りがたいが鑑賞するに値するもの。
「じゃあね」
用を済ませてあっさりと去っていく彼女の後姿を見る。
蒼羽はそんな事をせずに、とっくに先へと進んでいた。
ちぐはぐで、それなのに、二人の何かが自分を魅了する。
二人とも、少しも自分を大事に思ってはいないと、それは判っていたけれど。
家族、と呼べるものを持たなかったから。
彼らを、勝手に自分の家族にしていた。
自慢できる方がいい。
優秀で、美しくて、何者にも流されない。
そんな、完璧な。
至高の、存在。
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