寒い冬は暖かい場所で 1

 

「はぁ? ちょっと緋天、ありえないでしょーそれ!」

「え、なんで?」

 のほほん、とココアの入ったカップを手に、首を傾げる緋天を見て力が抜けた。

 外は木枯らし、年の瀬のこの時期に暇な人間はさほどいない。大掃除やら、彼氏とのデートやら、こなすべき事は山ほどあるのだが。

「・・・あのさー?」

 年末のクリアランスセールは、彼氏とのデートよりも魅力的だった。

 買い出し、掃除、挨拶周りの準備など、忙しそうに動く両親を傍目に家を抜け出し、こうして緋天とデパート巡りをしている中で。

「まさか蒼羽さんも、緋天が色気のカケラもないスクール水着でお出ましだとは思ってないでしょうよ。だいたい何?彼氏と温泉行くのにスクール水着って何!? ・・・っていうか蒼羽さんってそっちが趣味なオタク系?」

 暖かいカフェでくつろぐ人々の視線を集めようが、この際、どうでも良かった。今の時点では、緋天の発言の方が大問題。

「うぅ、なんか京ちゃん怖いよ・・・蒼羽さんはオタクとかじゃないもんっ」

 びくびくしながらこっちを上目遣いで見るのはやめてほしい。

 一発説教をかましてやろう、という気概が殺がれるではないか。

「っこんなトコで、ちんたらお茶してる場合じゃないよ! 水着買いに行かなきゃ!! ほら早く飲む!!」

「冬なのに水着なんて売ってないよー?」

「あるとこにはあるの!!」

 急かされて、目を丸くしながらカップを傾ける緋天を眺め、ため息がひとつ零れ落ちた。

「・・・蒼羽さんにひとつ貸しだね、これは」

「???」

「いいから早く飲みなさい」

 不思議そうな表情をする、いまだ事態を把握できてない彼女が、つい先ほど正月明けの予定を話していなかったなら。

 きっと蒼羽は、ラブラブに過ごそうと思っていた場所で肩を落とす事になっていただろう。

 

 温泉に行く、水着を用意するように言われた、と。

 嬉しそうに語る緋天に、何気なしに質問したのだ。どんな水着を持っていくのか、と。そうしたら、とぼけた顔で、高校のときの水着、と答える始末。お前はバカか、と突っ込みたいのを必死で我慢した自分を褒めて欲しい。

 そもそも緋天は運動が苦手だ。

 ついでに暑い夏も、人混みも苦手。そうなると、必然的に混雑を見せる、夏のプールや海水浴場などには足を向ける気力も体力もない。夏の遊びに必要な、可愛らしい水着など持っているはずがなかった。

 手持ちのものが、高校の時の体育の授業で使用していた、学校指定の濃紺ワンピース型。サイズも変わっていないし、それでいいと思ったのだろう。世の中の乙女たちが、真夏に男子諸君を誘惑するために色んな努力をしていることも知らないで。

 

「蒼羽さん、別に水着については何も言ってなかったけどなぁ・・・」

「期待しまくってるに決まってんでしょ! スクール水着なんて萎えるよ!!」

 立ち上がり、コートを着ながらぼやく緋天に。

 男の生態、というものを教えてやった。

ついつい出した大声とその内容に、周りの客たちが好奇の視線を向けてくるのは無視して。

 

 

 

 

「・・・きょ、京ちゃん・・・どう?」

 肌の露出が多いので、見せる相手が京子であっても気恥ずかしい。

 試着室のカーテンを半分ほど開けると、ばさっと勢い良く全開にされた。

「ったく、減るもんじゃないんだから・・・あ、いいじゃん。ね、中々ですよね?」

「ええ、良くお似合いですよ! お客様はお肌も白いですし、これくらい見せなければ勿体ないです」

 腕を組んでこちらを眺める京子と、その横でにこにこと笑顔を浮かべる女性店員。

 真冬にこんな究極の薄着でいることがおかしいのだが、暖房のせいか寒さは感じなかった。

「・・・ふふふ、さすが私の見立てに間違いはない・・・っていうか緋天、もうちょっと堂々としてよ。あ、ちょっと後ろ向いて」

「え? こう?・・・変じゃない?」

 京子の求めに応じて鏡を正面に。

 下着に近い形のトップスと、申し訳程度に腰を覆う短いスカート。それに包まれて情けない顔をする自分。

「あー、いいね。そそる」

「腰細いですね〜、彼氏さん喜ばれますよ〜」

「ちょ、あの、もうちょっと露出少ないやつが・・・」

 背後ではずんだ声を交わす二人が、この水着を勧めたのだけれど。自分には、少々心もとない。

 くるりと回りなおして、別のものがいいと訴えようとしたら。

「ダメ! 絶対それ。白は緋天に似合うし、それ以外だと、もちょっと際どいお姉さん系の型か、スポーツ系のしかないの。この季節にいいのが残ってただけで良しとしなよ」

「えー・・・」

「私もそちらがよろしいと思いますよ〜? それですと、お客様の可愛らしい感じを崩さずにいられますし」

 商売なのだから、きっとお世辞であろう、と。

 そう思うのだけれど、確かに他の在庫の品では自分には似合わないとはっきり分かる。ましてや、スポーツ系の型など、京子が言うように遊びに行くのは論外なのだろう。

「・・・これにします」

「はい、ありがとうございます。着替え終わりましたら、お声をかけてください」

 にこやかに頭を下げて、去っていく店員を見送ってから。

「・・・あれ? 緋天、ちょっと胸大きくなった?」

「っええ!? 何言ってるの京ちゃん!!」

 ふ、と自分の胸元に視線を向けた京子が呟く。公共の場で発するべきでない言葉に慌てふためいてしまう。

「うん、確かに大きくなってる・・・前はもっと貧乳だったじゃん?」

「っひ・・・!?」

 にやり、とその美しい顔に浮かべてはいけない笑みを浮かべて。

 失礼極まりないなのだが、事実だから仕方ない。加えて、完璧なボディラインを保有する京子に言われてしまえば、反論の余地すらもない。

「・・・蒼羽さん効果かぁ・・・うわぁ、なんか分かりやすすぎて恥ずかしいわ」

「っっっもう!! 京ちゃん黙って!! なんにも言わないで!!」

 

出てきた時と逆に、ぴしゃっと自分でカーテンを閉めてから。

 鏡に映る自分の、特に胸元辺りに目を向けてみる。毎日目にする自分は京子のように見ただけでは気付けなかったけれど、そういえば最近下着がきついような感じはしていた。ボリュームがいまいちなのは相変わらずだが、少ないなりに、以前より成長はしているのかもしれない。

 嬉しさに緩んだ頬を鏡の中で発見してしまい、そこに血が上る。

 慌てて体を反転して、頭の中から京子の言葉を追い出した。特に、蒼羽云々というくだりを。

「ひてーん、変なこと思い出さないようにね〜」

「っ、京ちゃん!!」

 カーテンの向こう側の、京子のからかう声に。

 引きかけていた熱が、再び戻った。

 

 

←     小説目次     

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送