暑い夏は涼しい場所で 1

 

鮮やかな青空が視界に入る。

車を降りると緋天が小走りに寄ってくる。それを抱きしめたい衝動を抑えながら、まず玄関の前に立つ家族に挨拶をした。

「おはようございます」

「おはよう。きれいに晴れて良かった」

「そうねー。絶好のドライブ日和だわー」

にこにことした笑みを浮かべる彼女の両親に反して、憮然とした顔の司月が目に入った。

会うのは2回目だが、この前の自分に対する様子からして、どうも嫌われているらしい。

 

兄、という人種は、自分の周りに数名存在している。ベリルを筆頭に、フェンネル、そしてベリルの上と下の兄弟。フェンネルはそうでもないが、ベリルとその兄弟は、3人とも妹を可愛がる。それが先に生まれた男としての初めから持つ感覚なのだろうか。

とにかく、この目の前の、嫌そうな顔を隠そうともしない彼は、ベリル達と一致する。

以前の自分なら、誰に敵意を持たれようが何も不都合な事はなかった。しかし緋天の家族に嫌われる事はどうしても避けたい。緋天を困らせてしまうだろうから。

「おはようございます」

「ああ、おはよう。行き先はそろそろ教えてもらえるのかな?」

 側に緋天が立っているからか、急に笑顔になった司月がそう切り出した。隣に目を向けると、先を促すように緋天がうなずく。

「・・・N県の。清丘に行こうと思います。あそこならこの季節でも涼しいでしょうし」

 避暑地で有名な観光の街。そこのホテルに予約を入れておいた。観光地だけあって、昼間訪れるような場所もたくさんあるので無難な選択だろうと思う。

「あらー、ステキ。良かったわねー緋天ちゃん」

「うん!!」

 笑顔を見せる緋天に一安心し、目の前の司月に目を移す。

 こんな風に緋天以外の誰かの機嫌を窺うなんて、と。自分の行動が愉快に思えた。

「・・・まあ、運転には充分気を付けて」

 何かを含んだ声でそう言われる。

 本当は他に言いたい事があるのだと思う。緋天の前では決して口に出せないような何か。

「はい」

 実際にそんな事を口に出されるのはたまらない。潮時だと考えて、緋天が手にした荷物を取る。

「清丘ねー・・・あっ、緋天、地酒を買ってきてくれ」

「緋天ちゃん、チーズも買ってきてー」

 トランクを開けていると、背後で緋天の両親が口々に言った。

「あーはいはい。じゃあ、行って来るねー」

手を振って助手席に乗る緋天の向こうに、渋い顔をした司月が見えた。やはり嫌われている。どうすれば、彼に認めてもらえるのだろう。

「蒼羽さん?」

 そうした考えに囚われていると、緋天がいぶかしげな声を出す。ドアを閉めて自分も車に乗り込んだ。家族に頭を下げて発進させる。

 

 とりあえず、今は。

 しばらく誰にも邪魔されない時間を、じっくりと味わう事にしようか。

左に座る緋天を目にして、自然と笑みがこぼれた。

  

 

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