同窓会 1
「今日・・・何かあるのか?」
何となく、いつもの緋天と違う気がした。小さく何かを口ずさみながら、帰り仕度をするその横顔。彼女はいつも笑顔でいる事が多いけれど。今日は更に笑顔の時間が多い、そう感じて。
「え・・・何で???」
「緋天ちゃん・・・。そんな明らかに“ご機嫌です”って態度してたら、誰にだって判るよ?」
首を傾げて不思議そうな顔をこちらに向ける緋天。
ベリルが笑いながら、自分の代わりに答えを口に出す。
「ええ?・・・うわ、なんか恥ずかしいかもー」
頬に両手を当てるその仕草。そんな行為がいちいち胸の奥へと刺激を与えた。引き寄せて腕の中に入れて、そして柔らかな唇を貪りたい、そんな感覚を生み出していく。
「で?結局何があるの?」
「高校の同窓会!です!!」
ひとり不埒な事を夢想していると、傍らではベリルが会話を引き取っていた。満面の笑みをたたえて、緋天が彼に答えている。
フードのついた黒いノースリーブのニットワンピース。きめ細やかで、手触りのいい白い手足が伸びている。膝丈の裾には小さなスリット。
「あれ?何時から?同窓会って夜にやるんだ」
サンダルからのぞく足の爪は薄いピンク色に彩られていて。
「普通は昼間だと思うんですけど。なんか幹事の人達が、せっかく成人して会うんだから、飲み会にしちゃえー、って」
高い位置できれいにまとめ上げた髪。最近は紫外線が強いせいで色が抜けて、茶と黒の中間色。それでもそのなめらかさは変わりがない。
「ああ、なるほどー!楽しそうだねぇ」
いつも髪に隠れている、細い首筋が見える。思わず唇を寄せたくなるような。
「仲のいい友達以外は、全然会ってなかったから。すっごく楽しみですよう」
友達。高校の同級生。
それは、緋天に会って間もない頃に。街で声をかけてきた数人の中の。男達も含まれるのだろう。緋天の髪に触れていた男も。
「どこでやるんだ?送ってく」
自分が彼女の機嫌の良い様子を気にせず、何も聞かずそのままでいたのなら。
間違いなく。緋天は、一人で会場へと出かけていたのだ。気付いて良かったと安堵して。
またも不思議そうな表情を向ける緋天の頬に口付けた。
夕暮れの海岸通り。窓を閉めていても、潮の香りが車内に漂う。
決して不快ではない、むしろ好きな香り。
隣でハンドルを操る蒼羽を見る。昼間と夜の中間の光に照らされて。鳥肌が立つ位に、きれいな横顔。じっと見られると、何も考えられなくなる深い色の目。
前を見ていたその顔が、急に自分に視線を移す。何だ?と優しい目で問われて、頬が赤くなるのが判る。
「うー・・・蒼羽さんをね?友達とかに見せて、自慢したい気持ちはあるんだけどね。でもかっこよすぎて、絶対みんな蒼羽さんの事好きになっちゃうよ・・・」
送る、と言われて。素直に嬉しい気持ちとの葛藤。
同姓にすら、好意を持たれそうな美が君臨する。
「・・・蒼羽さんが危ない!」
「何を言ってるんだ・・・。誰も俺の事など知らないし、気にしない。だから危ないんだ。まあ、それを判らせる為に・・・・・・ほら、もう着いたぞ」
少々困惑気味の横顔を見せた蒼羽が途中で言葉を切って、ウインカーを出してハンドルを回す。海に向かって窓を大きく取った1階。2階はビアガーデンのような板張りのテラス。同級生の親戚が経営しているというこの店を、破格の値段で貸しきりにしたと聞いた。2階のテラスに見知った顔が何人も見えた。
開始は6時からで、現在5時50分。
「わ、もうみんな来てるっぽい」
完全に車が停止したのを確認する。
「蒼羽さん、ありがとう」
シートベルトを外しながらそう言うと、蒼羽が片手を上げて制止の合図を向けた。
「ちょっと待て。動くなよ?」
言いながら蒼羽が自分のシートベルトを外し、ドアを開け外に出て。意味が判らないがその言葉に従う。車の前を回って蒼羽が助手席のドアを開けた。
「え? あ、ありがとう・・・」
差し出された手につかまって車を降りる。柔らかな笑みに、疑問の声を掛けづらい。その紳士的な振る舞いは、何の違和感も覚えさせない程、蒼羽の空気になじんでいた。ドアを閉める為に、体の位置を反転させられる。ぱたん、とドアを閉め終えた蒼羽が、向き直って右手をつかんだまま、見下ろしてくる。
「いいか?あまり1人になるな。危ないから」
「???うん。みんないるし。大丈夫だよ」
こんなに友人が多い場所で、1人になる事はない。そう思って答える。蒼羽がつかんでいた手を持ち上げて、指に唇を寄せた。
「そうじゃなくて。男に気を付けろ」
強い目をまっすぐ向けられて戸惑う。彼が心配するような事はありえないから。思わず笑みがこぼれた。
「大丈夫。京ちゃんとか、女の子に会うのが目的だもん」
「・・・それでも。気を付けろ」
「うん。判った」
真剣な声を出すその顔に、うなずいてみせると。また元の柔らかい微笑を浮かべた蒼羽が、下に降ろしていた右手を引っ張る。あっという間に腰に手を回されていて、キスを落とされた。
「帰りも迎えに来るから」
そこまでしなくてもいいよ、と声に出そうとしたら。
「気にするな。俺がそうしたいだけだから」
先回りして、蒼羽が耳元でささやく。その甘い声に否定の言葉を上げる事はできなくて、またも素直にうなずく事しかできなかった。
「うー、うん。じゃあ、お願いします」
「ん」
もう一度、今度は目の端に柔らかな感触。
「蒼羽さん。見られてるかもしれないから、そろそろ離してほしいなぁ・・・」
同級生の存在が気になって、蒼羽に声を掛ける。
「・・・判った」
「じゃあねー」
手を振って店の入り口に向かう。ドアを開けて振り返ると、蒼羽が車に乗り込むのが見えた。
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