月夜のジレンマ 3

 

「へえ。気象情報のサービスね・・・」

 

ますは、蒼羽の年齢、詳しい仕事内容を問う事から始めた。

21歳。

イギリス人とのハーフ。両親共に他界。

日々の気象の変化を詳しいデータに起こして、それを要求された客へ情報として売る。それが大まかな仕事の流れ。緋天はデータ整理を手伝っている。

「それは・・・失礼だけど君みたいに若くてもこなせる仕事なの?」

「いえ。専門的な知識がないと・・・。僕は特殊な例で」

 知り合いが興した今の会社に、14の頃から出入りを続けて。大学をスキップして卒業した後に迷う事なくそこへ就職。日本の支社ができた3年前からこの土地に住んでいる。

 

そんなドラマみたいな、出来すぎた話があるか。

 正直そう思ったけれど、さすがにそれは口に出さない。

 仕事の内容としては、今の時代、充分ニーズもあるビジネスなのだろう。実際そんな会社がある事も、新聞か経済誌で読んだ覚えもある。

ただ、目の前の男が。

 彼自身が語るままの履歴が事実なのか。

 生粋の日本人として育った自分には、あまりにも現実離れした話で。

 

「いやいや。なるほど、初めてその話を聞くけど。妙に納得するね。君は只者じゃないと、そう思ってたよ。頭がいいはずだ」

 父がビールを片手にご機嫌な声を出して、蒼羽を見て笑う。台所で母と緋天が夕飯の仕度をしている間。早いうちに、この男の事を軽く探ってみようと思い、テレビの前のソファで談笑、という図を装ったら。父が当然の様に、蒼羽の話を受け入れる。これは一体どういう事なのか。

 そんなにも、自分が知らない間に両親と蒼羽の間に信頼関係が築かれているのだろうか。

 

「お兄ちゃん!なんか蒼羽さんの事、探ろうとしてない???」

 少し怒った顔をした緋天が目の前に現れる。

「いや、ほら、あれだよ。やっぱり色々知りたいじゃないか」

 お前の為にやっているのに。

 何故こいつの味方をするんだ。

 その言葉を飲み込んで、当たり障りないような答えを口にした。

「でも、・・・なんか、聞き方が不躾なの! 蒼羽さんが嫌な思いするでしょ」

 ごめんね、と言いながら緋天が蒼羽の方を向くと。悔しいほどに余裕の笑みを浮かべた奴が、父と自分を見る。

「そういう事を聞くのは、当たり前の事なんだ。誰だって自分の家族が妙な男に関わってないか、心配するだろう」

「・・・そんな風に思ってる訳じゃ」

 突然された反撃に、戸惑いながらあたふたと弁解をする。礼儀正しい態度を保っていたその様子に、すっかり油断してしまっていた。

「気にしないで下さい。むしろ、そう思わない方がおかしい位でしょうから」

それを聞いた父は嬉しそうに声を上げて笑う。

「司月、お前の負けだよ。そもそも蒼羽君に文句をつける事自体が無謀以外の何でもないんだ。彼になら、緋天を安心して預けられるよ」

蒼羽の前に立った緋天が、満面の笑みを見せる。

何かに弾かれたかのように、彼が左手をゆっくりと持ち上げて、緋天の指を握ろうとしたのが、目に焼きついたその瞬間。

「緋天ちゃーん、これ運んでちょうだーい」 

 

「ええ?どれどれ?」

 台所の奥から聞こえた母の声に反応して、緋天が軽やかに立ち去った。

 ほんの一瞬。

 多分、彼の事を凝視していた自分にしか、その瞬間の表情は見えてなかったと思う。

 ものすごく、残念そうな顔。

 焦れたような表情。

 すぐさま、その左手は右手と合わさって、優雅に膝の上に置かれたけれど。顔には元の微笑みが戻っていたけれど。

 

「っはは」

 

母の行動にこれほどの誇らしさを覚えたのは、初めてかもしれない。

ヨコシマな動きは神がちゃんと封じてくれるのだ。そう思って、思わず出ていた笑い声。

       

そうだ。

今まで彼氏だとか何だとか。そんな事にあまり興味なかった純粋な妹が、そう簡単に大人になる訳じゃないんだから。

きっとまだ、オママゴトの段階なんだろう。

 

「何だ?いきなり笑い出して」

驚いた顔をした父がこちらを見ている。蒼羽は複雑な表情を浮かべている。

「いや、ちょっと。面白い物を見た」

 その整っていたはずの顔が戸惑ったような表情に変わったのは。

 とりあえず。先ほどの仕返しとして受け取れ、と。

 蒼羽に向かって、にこりと笑ってやる。

「緋天さんに聞いてはいましたが・・・話の通りに、お兄さんは面白い方ですね」

 

思いがけず返されたのは。

これ以上は望めないだろう、という上品な笑み。

 

 お兄さん、なんて呼ぶな。

  そう言いたいのを、飲み込んだ。

 

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