60.

 

「っ喧嘩じゃないって言ったのに!!」

ひとりで残されていた緋天。それの原因が自分だから後ろめたくは思っていたが。

蒼羽に仕返しの文句を言って、そして心配をかけただろう緋天に謝ろうと思って入ったベースの中。彼女にしては珍しく大声を上げ、蒼羽に怒りをぶつけるその姿に面食らった。戸惑う彼は、手を伸ばすべきか否かと逡巡して、その間に自分の存在に気付いた緋天がこちらに詰め寄ってくる。

「ばかばか!!暴力反対!!フェンさんのバカ!!何で殴ったりなんかするの!?」

「・・・えーと、あれだよ、ほら、男同士のじゃれあい?」

「っっバカぁ!!フェンさんのジャイアン!!・・・えっと、・・・変態!!」

「っはぁ!?なんだよそれ? つーか、変態は違うだろ?」

 

 蒼羽の左の口の端から頬にかけての生々しい痣と、まだ拭いきれない血に。

 動揺して、それから犯人が自分だと推測して。怒るのは当然かもしれない、恋人が傷つけられるのは見たくないのだという気持ちは判る。

実際、門番達も目を丸くして蒼羽を凝視していたから、彼が大人しく傷をこさえる事は、珍しい、を通り越している。それでも彼らは緋天と違って男。どうしたのだと問うそれに、男の勲章だと答えてやれば、にやりと笑ってそれで済んだ。済ませられない緋天は、間違いなく女で。

 

 罵る言葉を知らないのか、それとも思い浮かばないのか。

バカ、それ以外は的外れな事を言い出す彼女がおかしかった。

 

「っ変態でいいんだもん!!暴力振るう人は変態だもん!!」

「んじゃ、蒼羽も変態だな。今日の蒼羽は超絶変態だぞ」

「っち、がうもんっ、っ、っ、ぅ」

 

 勢い任せに声を上げる緋天をからかい始めれば。反撃しながらも、その声が詰まる。涙を目に浮かべて、それを零さないようにと精一杯努力をする必死な顔を見てしまった。

 泣かせてしまう、と焦った時には。

 既に、それが零れ落ちた後。

 

 妹のディルが泣くように。

 なりふり構わず、いきなり子供の泣き声を上げた。

うわーん、としか形容できないような声を出して、突然のそれに蒼羽が本当に驚いた顔で緋天の頭を抱え込んだのを、呆然と見守って。

こんな泣き方を、彼女は普段しないのだろう。癇癪を起こした子供そのままな、蒼羽の腕の中でも身を捩っての抵抗を見せた緋天に、ただ驚くしかなかった。自分も、蒼羽も。

 

心細かったのだろうか。

緊張の続いた日々がようやく終わったと思えば、今度は蒼羽が自分を追って彼女をひとりにして。

ここで蒼羽を待ち続けていた緋天は、何を思っていたのだろう。

 

 

「・・・落ち着いたか?」

 蒼羽がどんなに穏やかな声で名前を呼んで、優しく髪を撫でても。緋天はなかなか泣き止まずに、仕舞いには酸素不足ではないかと心配になるほど、次から次へと涙を零して苦しそうな呼吸を繰り返した。

それに焦りの表情を浮かべた蒼羽が、頼むからこれ以上泣かないでくれ、と切実な声で懇願してようやく。激しく泣きじゃくるのをどうにか治め、今度は静かにしくしくと泣き続ける彼女を蒼羽が抱き上げて。

罪悪感を持て余しながら二階に消えた二人を大人しく待った。

 ところが戻ってきたのは蒼羽一人。

「寝かせた」

「・・・そっか。疲れてたのかね、あんな風に爆発しないだろ、普段」

 蒼羽の話によれば、シュイが一度目の接触を試みた夜から、彼女に休まる時間がなかったとの事。雨に襲われ熱を出して寝込んで、その後はシュイの事を言い出せずに眠れなくて。ほぼ一週間を不安に(さいな)まれて過ごしていたのだ。

「ああ、それもあると思うけど・・・」

「・・・何だよ、言えよ」

 人差し指の関節を噛んで、思案に耽り始める蒼羽を促す。

 自分に漏らして良い事ならば、と付け足して、彼は眉間の皺を深くした。

 ちらりと自分を見て、それから何かに確信を得たのか開こうとする彼の口元を見た瞬間。

 

「ただいまー。おやつー、あ、フェンだ。っげ!! 蒼羽それ何!?」

 

「っだー!!もう、お前は緊張感ねーなぁ!!あー、くそ、小憎らしい!!」

 無邪気な顔でドアを開けて、それから蒼羽の顔を指差すシンを捕まえて、腹立ち紛れに小突く。

「何すんだよ!・・・なぁ、それどうしたの?」

「あー、はいはい。これは正当な男だけが持てる、男の勲章だ」

「ふーん。カッコいいけど・・・蒼羽以外ならダサいだけじゃねぇ? なぁ、ベリルは? 今日のおやつ何?」

「うっせ。こっちは昼飯も食ってねーっつの」

 きょろきょろと見通しのいい室内を無駄に見回すシンは、釈然としない顔で蒼羽を見上げた。

「・・・緋天は? 今日も別行動?」

「二階。・・・覗くなよ、寝てるから」

 意外にも穏やかな顔を見せる蒼羽が、シンに答える。緋天を嫌っているように見えたシンだったが、いつの間にか歩み寄っていたらしい。彼女の傍にいない蒼羽を咎めるような素振りを見せるほどに。

「ベリルさん、今日は帰ってこないんじゃねえの? 蒼羽と緋天ちゃんの邪魔になるし、お前、オレの家来るか?じゃないと夕飯食いっぱぐれるぞ」

「えー!?フェンの家ぇ? やだよ、お前の妹うるせーもん。ウザい。オーキッドのとこ行く」

 蒼羽の返答に満足そうに浮かべた笑みはそのままで、いつもの調子に戻ったシン。素直なのかそうでないのか良く判らないが、その口の悪さは誰に似たのだろうと不安になった。もしかしたら、と言うよりも間違いなく自分のような気がする。

「・・・お前、兄貴の前で良くそういう事言えるよな・・・まあ、煩いっつーのは確かに否定できねーけど」

「だろ? それにオレ、肉食いたいし」

「どんな理屈だ。オレんちじゃ肉はめったに出ない贅沢品かよ! っつーかオーキッドさんも帰るの遅いだろ、絶対。世帯主のいない家で堂々とリクエストする気か? 奥さん達の非難の視線一身に浴びるぞー」

 未だに状況を把握していない無邪気なシンに、それを説明する時間すら、蒼羽には惜しいはず。順を追って今朝の事を話すのは、自分でも充分役に立つ。

再び眉間に皺を刻んで関節を噛み始めた蒼羽に代わり、手短に話してやれば、本来頭のいいシンは即座に真剣な顔になった。

「・・・オレ、センター行ってくる。シュイに騙された・・・ぶっとばすんだ」

「待て待て。それ、もう蒼羽がやったから」

「でもアルジェ心配だし・・・なぁ、シュイの目的って本当はアルジェだろ?」

 

「・・・良く判ったな・・・何で知ってるんだ?」

 

 黙っていた蒼羽に投げた問いは、彼の驚きと共に返される。先程、ここに来る途中で聞いた蒼羽の話の中。シュイの本来の目的が緋天への攻撃だとしたら、彼が動けるはずがないのでは、という蒼羽の疑問と。シュイを痛めつける為に入った部屋で、アルジェと何か言い合った空気があったから、おそらくそれが本筋であるとの推測。

それらをまだ聞いていないシンがどうやって正解を導き出したのか、少し愉快そうにする蒼羽が見える。

 

「・・・本部でアルジェと蒼羽のこと調べまくってたから。オレにも探り入れてきたし」

「もう少し早く気付いたら良かったが・・・上出来だ」

 

 笑みを見せる蒼羽に、誇らしげに立つシンは。それでも足を玄関へと向けた。

「アルジェならベリルがついてると思うから、お前はまだ行かない方がいい」

 小さな背中を呼び止めて。蒼羽は自分に目線を寄越す。

「おふくろに肉メニューにするように言ってやるから、来いよ。ディルが会いたがってたぞ」

 従順に立ち止まるシンの背中を叩きながら、その勢いで玄関へと向かった。

これで、蒼羽の義務は終わり。本当はまだ杞憂が、特にシュイの処遇についての思索もあるだろうが。随分と遠回りをさせてしまった緋天への道を開放してやらなければ、そろそろ我慢も限界だろう。

「・・・んじゃ、フェンの家に行ってやるか」

 色々と不満も併せ持った表情をしながらも、蒼羽の望み通りにする姿勢はさすがとしか言いようがない。蒼羽に崇拝に近い気持ちを抱いている末の行動だから、見ているこちらにはそれもまた一興。

 

通り過ぎた二階への階段を、シンと一緒にちらりと見上げてから。

 今の彼女に対しては全く役に立ちそうにない自分達は、早々に退散する。

それを甘んじて受け止めた。

 

 

 

 

「緋天」

 開いた目に映ったのは、夕焼け空。

 上から降ってくる静かな声は、ただ甘く響いて全身に沈む。

「・・・起きれるか?」

 頬を撫でる手は、見えない位置から伸ばされていた。きっと、背中の向こうで蒼羽はベッドに腰掛けて、上から自分を見下ろしている。早く顔を見せてくれないと、訳の判らない焦燥に押し潰されそうで。

「っ蒼羽さ、ん・・・」

 体を起こそうとしたら、途端に引き上げられて暖かい腕の中に収まる。それでようやくほっとして、体重を預けた。朝から泣き過ぎだと思う。けれど、フェンネルがいるにも関わらず、散々泣き喚いたらどこかですっきりしたのは確かだ。

 寝ている間に蒼羽が冷たい布を押し当てて、瞼を冷やしてくれたのが効いたようで。その冷たさに一度目を覚ました時よりも、確実に痛みが引いていた。

 

 涙と一緒に吐き出したのは、今までの不安の全て。蒼羽の口の端に残った傷が、それを煽ったのだけれど。これで何の心配もなくなったのだと判った途端、ものすごく安堵して。泣いた事で、全身を覆っていた何かがきれいに剥がれ落ちた。今はただ、蒼羽に抱きしめて欲しいだけ。

 まるで何も持たない動物のように感じた。身に纏う衣服も、髪を飾る留め具も。そういったものは自分に何ら必要なく、蒼羽の一部になって融けてしまう事が、今まで生きてきた意味だったのでは、と思ってしまう程に。

「緋天・・・?」

 回された腕は優しく髪を撫でる。何も言わない自分に、蒼羽は怪訝そうな声で呼びかけた。このまま自分の体を彼の腕の中に入れてもらっていれば、いつかは融けてなくなるだろうか。馬鹿な事だと判っていながら、もっと強く抱きしめて欲しいと願って、蒼羽の鎖骨に頬を押し付けた。

 背を支えるのとは別の、彼の右手。

 髪を撫でていたそれが、そっと左手を。指を包んで持ち上げた。暖かな蒼羽の手は、そのまま上へと移動する。頭のてっぺんに触れた唇が、少し離れる事を促して。それに少しだけ痛みを感じる心臓をなだめながら、蒼羽との間に作った隙間。

 

 体を離すのならば、彼の目に自分を映して欲しい。

 いつからこんなに我侭になったのだろう。傍にいて欲しい、腕の中に入れて欲しい、自分を見て欲しい、キスをして欲しい。それから。

 

「蒼、・・・っ」

 

 貪欲になってしまった自分が怖いのに、それでも顔を上げて彼を見る事をやめられない。

 見上げたそこには、誰にも見せたくない、極上の甘い笑みがあった。

 久しぶりの、それは。

 消えることなく、持ち上げた左手の指先に唇を落とす。

 

「緋天。・・・まだそのつもりがないのは判ってる。だけど」

包み込まれた四本の指の中。薬指が夕日に煌めいた。

煌めいたのは、銀色の金属と、上に乗る何かの宝石。

 

「緋天の未来が欲しい。この先ずっと、緋天の一番近くにいたい」

 

 夕日の色が、石を染め上げているのだろうと思った。赤と橙が混じりあう、空の色。

透明か、もしくは白、それに近い色の石がこの自然の夕焼けを映しているのだろうと。

こんなに綺麗な色の石が存在するはずないから、これは夢で。

「俺がそう思うのは緋天だけだ。それは永遠に変わらない」

 だから、蒼羽がこんな事を口にするのではないだろうか。

 

 石に浮かぶ透かし彫りは、蒼羽に貰ったピアスに刻まれたものと同じ類に見える。

 それを支える銀の金属は、とても繊細な模様で輪を描いて。

 

「愛してる。一生緋天を護ることを誓う」

 

 これは、何。

蒼羽の甘い甘い声が、静かに心臓を締め付ける。

 蒼羽は一体、何を言っているのだろう。

 

「だから。これはこのままこの指に嵌めていて欲しい」

 

 左手の薬指。

 そこを飾る指輪は、特別な意味がある事は知っている。

 知ってはいるが、まさか自分の指にそれを求められるなんて考えた事はなかった。

 

「緋天、・・・緋天、判ってる。お前に今そのつもりがないのは知ってる。今すぐどうにかしようと言ってるんじゃない」

 

 笑みを壊さないまま、それでもどこか艶めく蒼羽の目がじっと見つめていた。

 うるさく鳴り続ける心臓、熱が集中した頬、存在を主張する薬指。

 

「ただ、緋天をつなぎ止めておきたい。俺のものだと印をつけておきたい」

 

 熱を孕んだ双眸は少しも逸らされない。

 蒼羽の親指が、優しく指輪を撫でた。その仕種に鼓動は跳ね上がる。

 

「・・・緋天、いつかは本物を渡せると思ってもいいか?」

 

 頷くことが、こんなに労力を要するとは思ってもみなかった。

 何かを不安に思っている訳ではないのだと、彼に伝えたくて。

 

 好きだという気持ちを伝える愛情表現、そう教えて貰ったのは初夏のこと。

今の自分にできる、たったひとつの。

 

「っ、あの・・・蒼羽さん、あの、目、瞑って?」

 体を少し離して見上げた蒼羽は、心配そうな顔と、突然の自分の言葉に困惑する顔。

 それでも言う通りに瞼を下ろした彼の。

 きれいな肌色とは違う、異質の痛そうな色が浮かぶ左の唇の端。

一番色濃い場所を認めて、頬に近いそこにまず唇を寄せる。

「っっ!?」

ぴくりと小さく蒼羽の瞼が動く。軽く口付けたそこから、移動して。

背を支える蒼羽の腕に力が入った。強く押さえつけられるようなそれに助けられて、唇にキスを。

自分でも閉じていた目を開ければ、既に薄く開けられた彼の双眸。優しく見つめてくるそこに視線を合わせて、まだ言っていないと気付いた言葉を音にした。

「・・・蒼羽さん、ありがとう。一生大事にする」

 微笑む彼の唇は、まだその手の中にあった薬指に落ちる。

 石にキスが落ちた途端、部屋の中は夕焼けで満たされた。斜陽が差し込んだ訳ではなく。

「な、に・・・何これ、すごい・・・っ」

 光が溢れたのは、指輪から。

 外の夕日と同じ色が、優しく部屋を満たしていく。

「緋天の色だろう?・・・気に入ったか?」

 紅と橙に染まりそうな視界が淡く消えていって。間近で蒼羽が微笑んでいた。何故彼は何でも知っているのだろうか。いつの間にか知っていた、自分の名前の由来、それに合わせてわざわざ石を選んでくれた事を確信する。

 何とか頷いて潤みそうになる目を瞑れば、唇を塞ぐ甘い感触。

 

「・・・緋天、少しずつでいいから、考えてくれないか?」

「っぁ、んっ、っ・・・?」

 

 夜の帳が降りる、一歩手前の時間。

 それを強調するかのように口付けられて、呼吸を乱される。仕掛けた彼は熱を含んだ声音を吐き出した。

 

「そんなに待てそうもない。・・・俺が一人で焦らされてるみたいだ」

 

 強い視線は肌を焼く。

 唇を離しても繋がったままの透明な糸を、蒼羽の舌がゆるりと舐めて。

 

 夕日を映す彼の目は、夜に妖しく光る獣のよう。

 明日もきれいに晴れそうな空を、蒼羽は判って自分を絡め取るのだろうか。

 どちらにしても、彼の目に魅入られた自分にはもう。

 心地良い檻の中で、この世で一番甘い感覚を与えられるのを、ただ。

粛々と待つ、幸せな獲物の気分を味わうだけだった。

 

 

 

 

目を瞑らずとも、彼女が最後に見せた驚いた表情がちらちらと浮かび上がる。

無理やりではない口付け。

アルジェがそれを受け止めたのは、驚きすぎて反応が鈍ったせいだけだとは思いたくない。

 

「遅い!!待ちくたびれた!!」

 ベースの玄関の扉を開けたところで、奥から静かとは言えない足音、それに続いてシンの声。

「・・・あー、ごめんごめん。ただいま。どこかで夕飯もらった?」

「フェンの家で食った。アルジェは?」

 蒼羽にセンターに来るのを止められていたのだろうか。午後も彼の姿が見えないことに気付いてはいたが、それを気にするほどの余裕はなかった。シンの様子からすれば、蒼羽から一連の話は聞いてはいるようで。

「うん。まあ、落ち着いた、かな・・・? 良く気付いたね、アルジェのこと」

 もどかしげに彼女の状態を尋ねるシンの意図を悟る。彼はアルジェに好意を抱いているので、心配していたのだろう。蒼羽の言葉を守りたい一心で動けずにいたせいで、余計にその苛立ちは募っていたはずだ。

 それでも、先にセンターを後にした蒼羽の前では明かされていなかったアルジェの事を把握しているという事は。シンの推察力が相当の域に達しているという証。内心驚きながら誉めれば、ほんの少し得意げな表情になる。

 

「まぁな。あ、っていうかお前、アルジェといたんだろ?抜け駆けしてねーだろうな?」

 

 一瞬、体の奥で小さな火が上がる。

 小さな火でも。今の内に消すことは、過ぎた行動ではないだろう。

 

「・・・抜け駆け、ね。・・・したかもね」

「っっ!? っふざけんな!!何のうのうと言ってんだよ!!オレが先に目ぇつけたんだぞ!!」

 

 12歳。

 大人ではないが、子供だとひとくくりに言えるほど、幼くもない。

 

「先に注目した方が勝ちなんだ?その論理で言うと先に手を出した方が勝ちって感じだねぇ」

「はぁっ!?お前・・・何したんだよ!!ツバつけたからお前のもんとかそういうこと言うなよ!?」

「うーん・・・あながち外れてもいない、かな」

「っ汚ねーぞ!!」

 

 これは、教育。

 12の頃と言えば、事実、自分も兄や周りの男達にその手の事を吹き込まれ始めた年齢だ。

 蒼羽が教えるとも思えないし、自分が口にしても何の罪もないだろう。放っておけばその内フェンネルが同じ事を、それよりも更に詳しく教え込むのだと思う。

 そう、これは教育なのだから。間違ってはいないはず。

 

「・・・手でツバつけるよりも、もっと気持ちいい方法があるんだよ」

「な、んだよ・・・?」

 

 甘く柔らかな、上質の果実に触れたような。

 

「世の中には、ディープキスっていうのがあってさ」

「っっ!!?」

「軽いキスでなくて、こう、舌とか絡めてね、唾液を交換したりするわけ」

 

 素早く色あせた、蒼白な顔。

わなわなと肩を震わせるシンに笑顔を見せる。

 

「参戦するよ。正々堂々と勝負するから。ま、よろしく」

 

 

 明日の夕食は、彼女をベースに招こうか。

 それとも、暖かい食事を持って家に押しかけようか。

 

 シンの喚き散らす声を背中に受けながら、明日はアルジェがどんな顔で自分を見るのか想像して。

 自然と緩む頬をそのままに。

 これから楽しくなりそうだ、と一人呟いた。

END.

 

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