15.

 

「で?仕事って何だよ?」

 玄関に入ってすぐの階段を上り、行き着いたフェンネルの部屋に通される。広いフローリングの部屋の入り口で靴を脱ぐよう指示されて。部屋の真ん中のこげ茶色のカーペットの上に腰を降ろした。見渡せば部屋の奥に大きめのベッド。壁に沿って長細いカウンターのような台が設置されていて、その上に仕事道具なのだろう、金具や色とりどりの石や工具等、こまごましたものが所狭しと散らばっていた。

「緋天のピアスを作り変えてくれないか?」

 ベッドに背中を預けて足を投げ出していたフェンネルが、蒼羽の言葉を聞いて身を起こす。

「緋天ちゃんの・・・?ってー事はあれだろ?センターで貰ったやつだよな。いいのか?勝手にいじって?」

 その顔には嬉々とした表情。目が輝いているように見える。

「ああ、ここの・・・。外した方が早いな。お前、消毒液持って来い」

「おお」

 蒼羽が左耳に指をかけてフェンネルに見せようとしたのを思いなおして何故か鋭い声を出す。立ち上がって台の上をごそごそ探すその後ろ姿を見やってから、蒼羽が耳のそばでささやいた。

「先に俺のにつけかえよう。昨日の痕、見られたくないだろう?」

「っ・・・!!」

 反射的に耳の下辺りを手で押さえる。きっと髪で隠れる部分に蒼羽のつけたキスマークがあるのだ。薄い笑みを浮かべた蒼羽が自分の耳から素早くピアスを外す。

「あったぞ、これ使え」

 消毒液らしいボトルと白いガーゼを手にして振り返ったフェンと、視線が合ってしまった。蒼羽がその手から2つを受け取って手際よくピアスを消毒していく。

「・・・なんで緋天ちゃん赤くなってんの」

「緋天。外すぞ」

 そ知らぬ顔で薄く笑う蒼羽が左腕を伸ばして肩を引き寄せる。体重を蒼羽に預けて、その長い指が耳に触れるのを息を詰めてやり過ごした。ピアスが外れて、そしてまたつけられる感覚。自分でやるのにも最近は慣れてきたけれど、やはり蒼羽にやって貰う方が安心感に包まれる。

「・・・・・・んっ」

「なんか緋天ちゃん、すげーやらしい顔してんだけど。蒼羽、お前いつもこんな事やってんのかよ」

「なっ、」

「見るな」

 フェンネルの言葉に異義を唱えようとして口を開きかけたら、蒼羽が舌打ちをして頭を抱え込む。

「おいー、マジで?蒼羽、ムッツリっつーかなんつーか。意外。お前、結構アレだよなぁ。すげぇ。楽しそう」

「フェンさんセクハラっ!!」

 あまりの暴言に蒼羽の腕の中から顔を出して抗議すると、口元を押さえてにやつくフェンネルがいた。

「まあまあ押さえて。早くそれ見せろよ。どこをどう直すんだ?」

 髪を撫でる蒼羽の手に怒りを鎮められて、黙ってまた体重を預ける。

「止め具の代わりに別のピアスをつけられないか?」

「・・・これです」

 手提げから青いピアスの小箱を取り出して、手の平でセンターから貰ったピアスを眺めているフェンネルに渡す。

「できれば形はそのままで。それだけでもピアスとして使える様に」

 蒼羽が小箱を開けるフェンネルに付け足す。

「お前っ、これ・・・」

 箱を開けて息を呑んだフェンネルが言葉を濁した。

「できるだけ早く。俺が総会に行く前に仕上げてくれ」

「・・・作り変えること自体ならすぐできるけどさー・・・。緋天ちゃんが危険人物だろ、これは。まあ、発動させたらだけど。あー、でも、そうか。総会ねー・・・。なるほど、そりゃあつけといた方がいいかもなー。よし、3日くれ」

「ん。悪いな」

 何がなんだかわからない間に、2人の間で話が進んで。正直、フェンネルの驚きようやその言葉が気になって仕方がないのに、それを聞き返すな、という空気が漂って。蒼羽の目が何でもないから気にするなと言っていて。

「あの、っ・・・」

「そういやさ、アルジェさんともう会った?」

 口を開きかけたらフェンネルの言葉に遮られた。今の話はもうお仕舞い、と話題が上手くすりかえられる。

「はーい。お茶ですよー」

 どうしたものかと蒼羽を見上げた所に、明るい声がかかる。入り口に目を向けるとナスタティウムとディルがトレーを持って立っていた。

「緋天ちゃん、元気だった?蒼羽君も。ふふ。相変わらず仲がいいわね」

「あっ、お邪魔してます」

 急いで挨拶を返してから、自分がまだ蒼羽に体重を預けている事に思い当たる。気付けばいつの間にか蒼羽の足の間に座って、後ろから抱きかかえるような格好になっていた。

「あー、緋天ちゃん抱っこしてる。いいなー、ディルもっ」

 持っていた小さめのトレーを床の上に置くと、ディルが勢い込んでフェンネルの膝の上に飛び乗った。

「フェン、あなたね。お客さんが来てたらちゃんと言ってちょうだい。お茶も出さずに失礼よ!気付かなかったら緋天ちゃんに会えなかったじゃないの。ねえ?」

「あ、すみませんっ。お構いなく」

 ナスティがフェンネルの頭を軽く小突いて、トレーを目の前においた。そこからひとつピンク色のカップを取って直接手渡してくれる。

「そ、蒼羽さんっ、放して?」

 あまりの恥ずかしさに蒼羽の腕の中から急いで離れようとすると、逆にその腕がきつく絡みついてくる。

「やっ、ちょ、蒼羽さんてば」

 カップを手にしているせいで大きく動けず、まるで抵抗にならない。

「あら。蒼羽君て意外とアレね?」

「あ、やっぱお袋もそう思う?はは、緋天ちゃん真っ赤じゃん。つーか何で5人分のお茶があんだよ?」

「あら、なーに?私たちがいちゃダメなの?」

「いや、どう考えてもおかしいだろ。って何げに菓子つまんでるし」

「だって食べたかったんだもの」

「自分の分かよ」

 目の前でフェンネルとナスタティウムが話し始めて、ディルも大人しく兄の膝の上でカップを傾けていたり。そんな光景に一瞬抵抗する力も失せてしまうと、蒼羽が手に持っていたカップを取り上げた。

「・・・え?」

 こくりと頭の上で響いた音に、蒼羽がお茶を飲んだと認識する。

「ははっ、やべぇ、何これ、マジ面白ぇ〜。蒼羽、お前遊んでるだろ」

 フェンネルがお腹を押さえて笑い出す。それを気にせず膝に乗ったディルが嬉しそうにトレーから鈴カステラのようなものを取って蒼羽に手渡した。

「はい、蒼羽お兄ちゃんも食べる?」

「ん」

 それを手にした蒼羽が食べろと口元にそれを持ってくる。当然、そんな恥ずかしい事ができる訳もなく、顔を背けるとナスティと目が合った。

「緋天ちゃん、それ嫌いなの?おいしいと思うんだけどなぁ」

 残念そうな顔をする彼女に急いで首を振って答える。

「違っ、え、蒼羽さんっ」

「「はい、あ〜〜〜ん」」

 にやりと笑ったフェンネルと満面の笑みを浮かべるナスティの声が重なって、そして口元に再び先程のお菓子。

 仕方なくもぐもぐと口を動かして。

 やっぱりフェンネルの母親なのだと、ナスティの笑顔を見てため息が出た。

 

「・・・なんか蒼羽さん意地悪」

 結局蒼羽に後ろから抱えられたままで、フェンネル達の前にいるのがたまらなく恥ずかしくそうつぶやくと蒼羽がくすりと笑った。

「もうっ・・・」

 けれどそうやって座っているのはとても安心して。完全に拒めない自分がさらに恥ずかしさを煽った。

「そういえば、アルジェさんと緋天ちゃん、もう会っているのよね?」

 頬の火照りをもてあましているとナスティが声をかけてきた。先程フェンネルも同じような事を言い出していたと思い返して頷いてみせる。

「え、でも何でアルジェさんの事知ってるんですか?」

「ふふ。この近くに引っ越してきたのよ」

「親父のところにここら辺で適当な家がないか、ってオーキッドさんが頼みにきたんだよ」

「それでね、ちょうどいいお家を知ってたから紹介したの」

 口々に説明をする2人から意外な情報を得て、驚きを隠せないでいると蒼羽が頭の上で声を発した。

「1人で暮らしてるのか?」

「そうだけど・・・って蒼羽、お前、まさか緋天ちゃんだけでは飽き足らず、アルジェさんまで毒牙にかける気かよ!?」

「えっ!?」

 フェンネルの言葉に動揺してしまい後ろを振り返ると、険しく眉をひそめる蒼羽。

「下らない事を言うな。・・・緋天、真に受けるな」

 眼光鋭くフェンネルを射抜いてから、蒼羽が見下ろしてくる。素早くこめかみにキスを落とされ、また恥ずかしさに襲われていると、蒼羽が手にしていたカップをトレーに戻した。そのまま後ろから腰をつかんで蒼羽が上へと引っ張り上げる。

「お、帰んのか?ってか仕事か。じゃあな」

 フェンネルが座ったまま自分たちを見上げて片手を上げる。急に立ち上がった訳をその言葉から悟り、ナスタチウムに頭を下げた。

「ナスティさん、お茶ごちそうさまでした。フェンさん、ピアス、お願いします」

「おう、任せとけって」

 口の端を上げてフェンネルが笑う。その膝の上からディルが手を振って可愛らしい声を上げる。

「また来てね」

「そうね、今度は時間のある時にのんびり来てね」

ナスティがそう付け加えて手を振った。蒼羽が足元に置いてくれたサンダルを履いて、差し出された手を取って部屋を出た。

 

 

     小説目次     

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送