8.

 

「緋天」

駅のベンチに座って、緋天から『蒼羽さん』について色々聞き出していたら、後ろから声がかかった。

「あ、蒼羽さん」

緋天の顔に、ほっとしたような笑みがこぼれて、来た!と思って、急いで後ろを振り返る。そこには、緋天と同じように、ほっとした顔をした蒼羽が立っていて、なぜか安心した。

「あー、えっと、じゃあ、私はこれで」

 勢いをつけてベンチから立ち上がる。

「京ちゃん、ありがとう。今度会う時は元気になってるから」

 緋天が自分を見て、そう言った。自分が気を遣っているのを申し訳なく思っているらしく、しゅんとした顔をしている。

「・・・全くね、緋天は手がかかるんだから。えーと、蒼羽さん、緋天をよろしく。なんか、安心しました」

「ああ、これから帰るなら送っていこうか?」

 蒼羽が気遣わしげに自分を見た。彼氏がいる身でありながら、その顔の造作にどきりとする。

「いえ。ご心配なく。家族とそこで待ち合わせしてるんで」

 目の前のガラス張りのビルを指差しながら言ってから、父親に言われた事を思い出した。

「あ、蒼羽さん、ちょっとこっち向いてくれますか?うん、そうそう。いい感じ。はい、チーズ。お疲れ様でしたぁー。それでは、私はこれで。失礼しまーす。じゃあね、緋天」

 あっけにとられた2人に手を振って、脱兎のごとく駆け出した。カメラ付き携帯とは、何て便利な物なのだろう。走りながら画像を確認すると駅の灯りがスポットライトのように蒼羽に当たって、彼の外観をさらに飾り立てていた。

「おお。これは思わぬ力作が。お父さんもこれ見たら、何も言えないんじゃないかなぁ?」

 

 

 

 

「もう、京ちゃんってば・・・。本当に撮るとは思わなかった・・・」

「・・・今の何だ?」

 緋天の友人が走って行った方を見て、疑問を口にする。

「う、あのね、蒼羽さんの写真撮ってたの。携帯のカメラで」

「・・・まあ、いい。朝より少しは平気そうだな。帰るか?」

 緋天がうなずいて、自分を見る。

「うん。さっき電話したらね、もう家にお父さん達いたよ」

「じゃあ行こう。早く帰らないと心配するから」

 そう言って緋天の背中を押して、車を停めた道路に歩き出す。

「・・・ありがとう」

 薄暗い空に、緋天のつぶやきが溶けていった。

 

 

「明日の朝も、迎えにくるから。寝られなかったら電話しろ」

 緋天の家の前に、再び車を停めて緋天の目をのぞく。見返してきた目は昨夜よりは力強い。

「うん。大丈夫。今日はちゃんと眠れる気がする」

 微笑む緋天の髪をなでて。そっとキスを落とす。手を離すのが惜しくて、耳の上にも唇を押し付ける。

「・・・悪い。早く帰さないと変に思われるかもな。明日な」

 

 

 

  

「・・・驚いたな。ここまで、また緋天を送ってくれたのか。もう、彼には頭が上がらないなぁ。こんなに頭が良くて優しい男は、今時いないぞ」

 緋天が車のドアを閉めた音に気付いて、カーテンの隙間から蒼羽の車が去って行くのを見る。

「緋天ちゃんにはもったいないかもねぇ・・・。あぁ、ここまで完璧だと、逆に緋天ちゃんが霞んじゃうわぁ」

 

「ただいまぁー」

 洗面所で手を洗う緋天に、祥子が走り寄る。

「お帰りー。ねえねえ。今、また、あの『蒼羽さん』に送ってもらったんでしょ?車が同じだったもの」

「う・・・。何でそんな事ばっか覚えてるの?あ、お土産は?買ってきてくれた?」

 明らかにあわてふためく緋天に、祥子がさらに勢いこんで聞いた。

「ごまかさないの!!・・・本当は付き合ってるんでしょ!?お父さんは騙せても、お母さんの目は騙せないわよう?さあさあ、正直に言いなさい」

「うー、あー。・・・でも、両思いになったのは、この前だもん・・・」

 自分がいるリビングへと足早に歩きながら、緋天がつぶやく。

「・・・あ、お父さん。・・・今の聞いてた?」

 ソファに座った自分を見て、緋天が困った顔で言った。

「あー。丸聞こえだしなぁ?別にお父さんは反対したりしないよ?」

「あら、やだー、お父さんたらすっかり蒼羽さんサイドに行っちゃったわぁ。あ、えっと、そうじゃなくてぇ。良かったわねー、緋天ちゃん、やっぱり、あんなカッコいい子には、お父さん反対できないのよ。自分が負けたと思ってるのね、きっと」

 祥子があわてて、口を滑らせそうになって、急いで取り繕う。

「そうなんだよ、お母さんが騒ぐから、ちょっとのぞいたらさ。モデルみたいだなー、あの子は。それにいい車も持ってるし、お金もありそうだなぁ。悔しいけど、若い者には勝てないねー。はっはっは」

 

「なんか、お母さん達、変だよー?」

 緋天がいぶかしんで、顔をしかめる。

「まあまあ。ちょっと、こっちに座りなさい」

 手招きをして、緋天を呼び寄せた。

「緋天がいいと思った人なら、いいんだ。まあ、どんな人か、間近で見たいから。今度、みんなが揃った時にでも遊びに来てもらおう。見せられないような、変な人じゃないんだろう?」

 話題をずらして、緋天に問いかける。うれしそうに笑って、緋天が口を開いた。

「えへへー。すっごくかっこいいんだよー。優しいし。この前ねー、ピアス開けてもらってね、その時も、大きいピアスが使えなくて、変わりに蒼羽さんの、貸してくれたの。それがすごい綺麗なのでねー、そう言ったら、くれたんだよ。センスいいし、頭いいし・・・」

 目の前で、娘にその彼氏の話でノロケられるなんて、正直、いい気はしないが、それが先程の蒼羽なら、何でも許せそうな感じがした。

 

 

 

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