20.

 

「お帰りなさい。大変でしたねぇ」

手をつないだ蒼羽と緋天に声をかける。緋天と雨が怪物化する位置関係を確認する為に、昨日から大変な騒ぎだった。自分達、門番にも入念な説明がされたので、ここの所、緋天の元気がない理由が推察できた。

「・・・あ、マロウさんも知ってたんですね」

 怪物化した雨が自分を狙う。目の前の少女にはかなりのショックだろう。もうここへは来ないのだろうか。どこか上の空の表情の緋天を見て少し淋しい気持ちになる。

 

「あっ!マロウさん!!お昼。お昼ご飯。今から食べますよね!?」

 緋天が何かを期待するような目で、急に勢い込んで声を上げた。

「あ、そうですね。あと10分位で交代の時間ですから」

「じゃあ、また後で」

 ほっとした顔になってそう言うと、黙ったままの蒼羽と門を通って行った。自分の横をすり抜けた蒼羽が、難しい表情をしていたのが、妙に気になった。やはり緋天はもうここに来ないのだ。

「どうしたんだよ。変な顔して」

 隣に立っていた仲間が顔をのぞき込んできた。

「・・・いや、緋天さんがいなくなったら蒼羽さんはどうするんだろうと思って」

「そうだよなぁ・・・。誰だって怪物なんかに狙われたら、こんな所に来たくなくなるよな。あの娘はアウトサイドなんだし。・・・食事の時に聞いてみるか?」

 少し苦い顔をして、相方が言葉を返す。

「そんな事聞いても、あの2人が決める事だしさ。何か考えてる途中だったみたいだから、今日はそっとしておこう」

「判った。じゃあ、今日は緋天さんにおれの名前を覚えてもらう事に、集中するよ。詩人のおれをアピールするぜ」

 

 

 「じゃあ、そろそろ帰ります」

 食事の間、何かを訴える蒼羽の視線を感じた。悪いが早く帰って欲しい、そう言っているような気がしたので、食器を片付けてすぐに玄関に向かう。

「ええ?もう休憩時間終わりですか?」

「そうだよ、何急いでるんだよ、マロウ」

 同時に言葉を吐いた2人に、できるだけ困った顔を向けてみせる。

「仕事が終わったら来いって、朝、隊長に言われたの忘れてたよ。おれ達2人とも呼び出されてた」

「げっ、マジで?お前が忘れるなんて珍しいな。ま、じゃあ、そういう事なら早く行こうぜ」

「じゃあ、また」

 玄関に向かいながら、相変わらず難しい顔をした蒼羽にうなずいてみせる。なぜか緋天がうろたえているのが、閉じかけた扉の向こうに見えた。

 

 

 

 

「緋天」

 ソファに座って、緋天に隣に座るように示す。

 一瞬体を強張らせて、緋天がうつむく。ゆっくり近付いて来たのを待ちきれずに、腕を伸ばして横に座らせた。

 センターからの帰り道に、急に様子がおかしくなったのは判った。その理由は判らないけれど、今、それを聞くべきなのは、よく判っている。

「緋天」

 もう一度名前を呼んで、顔を覗き込むと。あろうことか彼女は目をそらす。

 

背中を電流が走った。

原因は自分にあるのだ。

 

「・・・どうしたんだ」

なるべく穏やかな声を出して、また視線を合わせる。すると、潤んだ目で自分を見て、すぐに視線を外された。

 左手で緋天の髪をなでると、びくりと肩を震わせる。

「緋天」

 焦りながらも、緋天の頬に手をやって顔を上げさせると、その目から涙がこぼれ落ちる。

 

何かが弾け飛んだ。

目の前の緋天しか見えなくなって、とにかくその涙を止めたい。

 

左手に力を入れて、緋天の顔を引き寄せる。

その力に、再度、肩を震わせた緋天の唇へ、乱暴に口付けた。

 

緋天が離れないように。頬に添えた手を首の後ろに回して押さえる。

深く。深く。

 

優しさのかけらも持たずに、激しい衝動に後押しされて、緋天の唇に集中する。悪夢に怯えていたように、自分に怯えたような緋天の態度が体の内側を蝕んだ。

 

手放す事は、もう、絶対にできない。

 何かの中毒のように、その存在がないとすぐに自分が壊れる事が判る。

 

 

 「・・・・・・っ、や」

ほんの少し、唇が離れた時に、緋天が否定の声を上げた。

 その体からは、とっくに力が抜けていて、自分の腕に支えられたままで。

       

それでも漏れた声に、我に返る。顔を離すと、緋天が赤い顔で苦しそうに息をしていた。その目からこぼれる涙は、止まる気配がなくて、頭が一気に冷えていく。

 

「・・・ごめん」

 つぶやくと、さらに緋天の目から涙が落ちた。

 

「・・・ちが、」

 もうこれ以上は。

彼女に触れることが自分の首を絞めるのだ、と。体を後ろに引こうとしたら。

緋天が泣き声で。肩に顔をうずめて、小さく声を出す。それに反応して、離しかけた左手を、緋天の髪にそっとのせた。それだけで、少し頭が冷えた。

 何かを言い出そうとする緋天に、疑問をぶつける。

「何で・・・センターから帰る時から。俺を避けてたんだ・・・?」

「違うの・・・、ごめ、ん、なさい」

 

 嫌われていた訳ではない。そう判って、ほっとする。穏やかな気持ちになって、緋天の髪をなでながら、耳元で答えた。

「どうしたんだ・・・・・・どうしたらいいか判らない」

「・・・蒼羽さんに見られてるのが、急に恥ずかしくなって・・・。手をつないだりするのも。最近は慣れてたのに。さっき、蒼羽さんの目を見たら、すごく、変になった」

 緋天の表情は見えなくても、肩口からその緊張が伝わってくる。

 何を言いたいのかが判らなくて、黙って続きの言葉を待った。

「あの・・・、あのね。ものすごく恥ずかしくて・・・蒼羽さんに見られたり、触れられたりするのが、急に。前よりどきどきしすぎて、何も考えられなくなったの」

 予想外のその言葉に驚いて、一度体を離して、緋天をのぞきこむ。涙を浮かべたままの目で、緋天が自分を見上げて。

「・・・蒼羽さんの事、前よりも好きになったみたい。どうしよう」

 

 果てしない幸福感に満たされる。

 自然と顔がほころぶのを自分でも感じた。赤い顔をした緋天を抱きしめて、右耳にささやく。

「しばらくしたら、また慣れる」

 緋天が怯えていた時に、髪をなでていると落ち着いた事を思い出して黙ってそうする。

「早く慣れろ。お前が変だと落ち着かないんだ」

 ゆっくり言葉を続ける。緋天の柔らかな耳に甘噛みをして、反応を楽しみたい衝動を抑えた。

「こうしてるのは嫌か?」

 左右に首を振って、緋天が答える。

「・・・ううん。こうしてるのは好き。すごく落ち着くから」

 

 

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