2.

 

 自分の横を歩く、蒼羽を見て。これは夢かもしれない、と昨日から何度も繰り返した疑問が頭をよぎった。

「蒼、羽さん?」

「ん?」

 そう言ってこちらを見下ろすその目は、とても優しくて。こんな幸せが自分の身に舞い降りていいのだろうかとも思う。

「あ、あのね?」

 さらに夢じゃない事を確かめる為に。勇気を出して蒼羽に伺う。

「手、つないでもいい?」

 蒼羽が驚いた顔で見返してきたので。やっぱりこれは現実だ、と思ってがっかりした。

「・・・はあ」

ため息をついた瞬間、右手に暖かな感触。蒼羽のきれいな左手があった。

「え?あれ?つないでもいいの?」

「・・・何で駄目だと思うんだ?」

 急に自分が言った事が恥ずかしく思えて。うろたえる。

「え、えっと。何となく。蒼羽さん、そういうの嫌いそうだし」

「別に嫌じゃない。・・・ベリルとか他の奴なら嫌だけど」

 真面目な顔で言ったその言葉がとても面白く感じた。つい笑みがこぼれる。

「や、そ、蒼羽さんとベリルさんが手、つなぐなんて、あ、あたしだって嫌だよー。もう。蒼羽さん、面白すぎ・・・」

 1人で笑っていると、蒼羽が戸惑ったように自分を見て。それもまた新しい笑みを誘った。

「や、もう、止まらないー。あはは、あぁぁ、お腹痛いぃ」

「・・・大丈夫か?」

「はぁ、もう蒼羽さん、大好き」

 笑いながら、こぼれ落ちた言葉に。笑顔になった彼がつないだ手を離して、腰を引き寄せる。

「う、あぁぁ、なんか蒼羽さん自然にそういう事するし。外人さんっぽい。あ、もしかして、こっちの人はそうなの?キスとかあいさつ?」

「まあ、日本よりは英語圏の生活に近いかもな」

 蒼羽はまた真面目に答える。答えたその声が頭の上で響いて、熱がひかない。

「・・・あたし、そういうの慣れてないし、恥ずかしいのに・・・。なんか蒼羽さん余裕だし、えっと、今も、かなり、心臓に悪いよ・・・」

 蒼羽の腕に引き寄せられて、またもどうすればいいか判らずに、かなり小さな声が出てきた。

「じゃあ慣れろ」

「う、慣れろって・・・。蒼羽さん何気に言わないでー。いつかどきどきしすぎで心臓壊れるかも」

「・・・お前の嫌がる事はしない」

 静かな声でそう告げられて。

「え、そ、蒼羽さんがこういう事するの嫌じゃないよ?他の人なら絶対嫌だけど。ただ、慣れないからびっくりするの・・・。だから、頑張って慣れるようにする。えっと、そう、だから、うーん・・・」

 蒼羽が納得する言葉を必死で捜そうとすると、優しい声が降りてくる。

「判ってる」

「え?今の、判ってくれた・・・?」

「ん。手、つなぐ方がいいか?」

「う、うん。歩くのには、そっちの方がいいな」

 ワイン色の髪と目が、日の光に透けて、とてもきれいで。Vネックの黒いTシャツからのぞく鎖骨も、何かの芸術品のように思えた。せっかく落ち着いたのに、心臓がまた高鳴り出す。

「う、あ、そうだ、蒼羽さん黒い服好きなの?」

 蒼羽の手がまた右手に触れて。そっと包まれたその暖かさに安心した。

「ああ、そうかもしれない。でも、いつも適当だ」

「ええ?適当に選んで、そんなにセンスがいいなんてー。あたしなんか買い物に行ったら、結構時間かかるのになー・・・」

「お前も、変でもなんでもないと思うけど」

「え?本当に?わーい、蒼羽さんに言われたら、いい線行ってるかも」

 つないだ手を振ってみて、前方の門を見た。

「あれ?今日はいつもの門番の人いない・・・。お休みかな?」

「シフトがあるからな。昼以外にも当番があるんだ」

「そっかー。今まで、ここ通る時、いつもいたから変な感じ」

 

 

 

 

「あぁぁ、本当にマロウの言った通りだ・・・」

 手をつないで仲良く歩いてくる蒼羽と緋天を見て、部下が大きなため息をついた。

「こんにちは」

 肩を落とした彼に、笑顔の緋天が声をかける。

「・・・あ。こんにちはっス。・・・はあぁ」

「早く開けろ」

「うあ、そ、蒼羽さん。す、すいません」

「蒼羽さん、悪いね。こいつ、昨日からずっとこんな調子で」

 あわてて扉を開けながら、涼しい顔をする彼に頭を下げた。心なしか、蒼羽の口元はため息をつく部下を見て、少し緩んだように見えた。

「え?大丈夫ですか?なんか元気ないですねぇ」

「あ、緋天さん、こいつの事は放っておいて下さい。何日かすれば元に戻りますよ」

「うーん、早く元気になるといいですね。あ、今日はいつもの人はお休みなんですか?」

「いつもの・・・?ああ。マロウの事ですか?あいつは、今日は午後からです。緋天さんが帰る頃にはいますよ」

「あー、マロウさんて名前だったんだ。じゃあ、帰りにまた」

「はい。行ってらっしゃい」

「はーい。行ってきまーす」

 

 「お前。元気出せよ・・・。緋天さんもそう言ってただろうが」

 2人を見送って、さらにため息をついた部下を見やる。あまりに情けないその様子に、こちらまでため息が出てきそうだった。

「隊長ー。オレ、もう再起不能っす」

「ったく。しょうがねーなー、お前は。まあ、俺もかなり、驚いたけどなぁ。あの蒼羽さんが・・・。実際、今、目にするまでは半信半疑だったな。マロウが言う事だから、疑いようがないのになぁ・・・」

「オレ、けっこうマジだったのにぃ・・・。マロウの奴、うれしそうにオレの側で話しやがって・・・」

「こら。マロウに八つ当たりするなよ。蒼羽さんには、ああいうお嬢さんが必要なんだよ。お前は知らないだろうけどな、あの子は14の時からずっと予報士やってんだ。いつも厳しい顔でな。気を抜く場所もない。普通の大人でもこなせない事を、遊びたい盛りのガキがやってたんだよ。いつかあの子が壊れちまうんじゃねぇかと思ってた。今日は初めてあの子の人間らしい顔が見れて、俺は安心したね」

 話しながら甦った記憶の中。蒼羽の表情を思い出した。

「うぅ、そんな過去があったなんて・・・。すいません。オレ、これからは蒼羽さんの事、応援するっス」

「うんうん。まあ、お前にはアウトサイドの子は良く判らんだろ?蒼羽さんは予報士だから、アウトサイドの事も良く判ってるし支えられる。な?お前には今度、街の若い娘を紹介してやるよ」

「え?アテがあるんすか?やったー。約束っすよ。近い内に紹介して下さいよ?オレ、今、女の子になぐさめて欲しいんす」

「ああ。うちの女房の従妹なんだけどな。その娘がこの前、女友達の5、6人集めるから、若い男を紹介してくれって言ってんだよ。俺達の中でフリーの連中を会わせてやろうと思ってた所だ」

「うぅ、隊長、大好きだー!!」

 

 

 

 

「あぁ、蒼羽。今日も緋天さんを送ってきてくれたんだな。ついでに情報部に顔出してくれ。免許の書き換えがどうとか、言ってたから」

 センターに着いて、オーキッドが蒼羽と自分を見て嬉しそうに笑う。

「はい。じゃあ、俺はこれで」

 つないでいた手を離して、蒼羽は廊下の奥に消えて行った。急に心もとなくなった気がして、下を見る。

「・・・ベリルから聞いたよ。緋天さんは蒼羽を選んでくれるんだね?私としてはうれしいんだが、蒼羽は少し難しい所があるんだ。あの子を頼むよ、緋天さん」

 オーキッドが真面目な顔で自分をのぞきこんできて。

「・・・えっと、あの、あたしが選んだ、っていうか、蒼羽さんがあたしを好きになってくれた、って言う方が正しいと思います。選ぶなんて恐れ多いですよー」

 慌ててしまってそれが恥ずかしくて。けれどもオーキッドは破顔する。

「ああ、そうだね。いやいや、変な言い方をしてしまった・・・ん?蒼羽が戻ってくるぞ」

「あれ?本当だ・・・蒼羽さん、どうしたの?」

 自分でも笑顔になっていくのが良く判った。蒼羽が目の前に来て腰を引き寄せる。

「・・・忘れ物」

 そう言って、唇にすばやくキスを落として、部屋を出て行く。

部屋の中にいた全員が目を丸くして、一瞬、静寂が訪れた。

「そ、そ、蒼羽さんー」

 我に帰って情けない声を出ると同時に、爆発的などよめきにセンターが包まれた。

「・・・今のは見せつけに来たんだな。他の奴らが、君に手を出さないように。蒼羽も面白い事をするようになったなぁ・・・」

「ええ?なんかそういう問題じゃないですよ・・・。誰か突っ込んでくれないと恥ずかしいんですけど・・・」

 

 

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