18.

 

「・・・緋天ちゃん。今、怪物の話をしても平気かな?」

結局、先程までいた広い部屋に、ベリルとオーキッドが戻ってきて、そこで話を始める事になった。

 ベリルが申し訳なさそうな顔で、自分を見る。

「はい・・・大丈夫です。ちゃんと聞きます。自分の事ですから」

 先程の蒼羽の話を聞いて。

 小さい頃から、彼とつながりがあったのだ、と感じた事。それは一種の感動と、そして小さな勇気のようなものを与えてくれた気がする。いつまでも、蒼羽に頼り切る関係を望んでいるわけではない。

 だから、視線はまっすぐ。ベリルの目を見て答えた。

「無理はしないでね。駄目だと思ったら、すぐに言ってよ。いい?」

「・・・はい」

 しっかりと頷いてみせた自分を見てから、ベリルが本題に入った。

 

 

「これまで・・・雨が怪物化する時は、いつも柵の中の範囲だった。それは前にも言ったよね。だけど、この前、緋天ちゃんが怪物と接触した時、蒼羽がいつもと違う事に気付いた」

 静かな声で、ゆっくりと。言い聞かせるようにベリルが声を出す。その続きを、蒼羽に任せるように、ベリルは言葉を切った。

 蒼羽が自分の目を見て、説明を始める。

「・・・いつもなら。結晶の反応に従って歩いて。一番反応が強い所で待ってると、いつのまにか、側で怪物化してる。だけど、この前は違った」

 彼はこちらの表情を伺いながら。ベリルと同じようにゆっくりと、言葉を続ける。

「待ち伏せしてたら、急に反応が弱くなった。おかしいと思いながら、反応の強い方に歩いて行ったら、一度、ベースの方向に反応が出た。それで慌ててベースに行ったら、もう、お前がいなくなってた。その後、結晶の反応を追いかけて、緋天を見つけたんだ」

 そっと、握られたその手。とても暖かくて。逆に自分の指先が冷たいことに気付いた。それを包むように蒼羽の指に力が入る。話の続きを、と彼の目をじっと見たら、蒼羽はさらに手に力をこめてから口を開いた。

「あの後も、ずっと気になってたんだ。結晶の反応がいつもと違う、と言うよりも。雨が怪物化する場所が、今までとは違う、と言った方がいいな。まるで、怪物化しようとしたら、何かに引き寄せられて、場所を変更した、という感じだった。その原因が、緋天にあると思ったんだ」

 

 

「それを確認する為に、今日、ここに、緋天さんを呼んだんだ」

 オーキッドが穏やかな声で、蒼羽の言葉を引き継いだ。

「ベリルから聞いてはいたのだけれど。まさか、緋天さんが、あんなに怖がるとは思わなくて。無神経な事をしてしまった。本当に申し訳ない」

 頭を下げるオーキッドに、静かに首を振る。

「雨がここで怪物化したら、緋天さんを追いかける確証になると思ったんだ。そんな事は、普通なら、ありえないからね。だから今日は、穴の周辺に、結晶の反応が読める人間を散らしていたんだ。本当に、反応が途中で変わるのか。・・・でも、実際、その通りになってしまった」

 その言葉に、嫌な感覚が背筋を這う。

 ある程度、判ってはいたが。判ってはいても、それを抑えることはできなくて。

「これからも、多分。雨が怪物化する時は、緋天さんの近くで怪物化すると思う。それだけではなくて、君を襲おうとするだろう。その原因は判らないけれど。私達は緋天さんに、今まで通りこちらに来て欲しい。・・・だけど、先程の様子を見た今は。正直、迷っているよ。君を怖がらせてまで、そんな事は言えない」

 

顔をしかめて、自分を見るその目は、心から自分の事を思ってくれているのが、良く判って。隣に座る蒼羽を見上げる。オーキッドと同じ表情で見返してくる、その顔を見て、体の震えは止まった。

 

 

「あたしは・・・もう、ここに来ないなんて、考えられません。怖いものがあっても、それを避ける為に、ここには来ないなんて、考えられません。できれば、このままでいたいと思ってます」

 そう言って、深く息を吸ったら、怖くてたまらなかった気持ちが、弱くなるのを感じた。

 自分の望みは、蒼羽のそばにいることのできる環境。それを今切り捨てたら、絶対に後悔する。

「・・・本当にいいの?緋天ちゃんがいてくれるのは、私達にとってありがたいけど。間違いなく、また、怖い思いをするんだよ。それでも、ここにいられる?緋天ちゃんがどれだけ怖いか、って、側で見てた私達にも、すぐに判ったから」

 呆然とした顔で、ベリルがそう口にして。

 それでも。誰に迷惑がかかろうとも、蒼羽のところに居たいというのが本当の気持ち。

「雨が、怪物化する時は・・・あたしは柵の中にいるか、穴の外に出れば、一般の人には被害はないですよね?それに蒼羽さんが、すぐに倒してくれる。もしかすると、柵の中で、あたしが一緒に待ち伏せした方が、スムーズに結晶にする事ができるんじゃないかな」

 ベリルにそう言いながら、また蒼羽を見上げて目で問い掛けてみる。蒼羽は驚いた顔をして、眉間にしわを寄せた。

「・・・そんな事、させたくない。危険すぎる。嫌だ」

「そうだよ!こっちにいてくれるとしても、駄目だよ。取り返しのつかない事になる。それは駄目」

 慌てた顔でベリルが言って、オーキッドの顔を見た。

「緋天さん、本当に、今まで通り来てもらえるのかな?」

 オーキッドが静かに言う。

「はい。大丈夫です。確かに怖いけれど、少しずつ慣らしたいと思います」

 落ち着いた声を出して、うなずいた。

 もう、大丈夫。そうやって前を見なければいけないのだと思う。

「それなら、私達は緋天さんの安全を全力で確保する。それだけ、君は貴重な存在だし、怪我でもしたら、蒼羽が大変だ。蒼羽がおかしくなってしまう。この子の為にも、緋天さんはいつも、自分の身を守るように気をつけて欲しい」

 自分と蒼羽を見比べながら、オーキッドが真剣な表情で言った。

「はい・・・気をつけます」

 もう一度、深く息を吸って答えると、オーキッドとベリルが同時に笑って、蒼羽を見た。

「・・・良かったな、蒼羽」

「緋天ちゃんがいなくなったら、君までいなくなる所だったよ。あぁぁ、良かった、良かった。これで問題なし」

 

 

「本当に大丈夫なのか?」

 眉間にしわを寄せたまま、念を押すように聞かれた。

「え?蒼羽さんが、守ってくれるんだよね。だったら、平気」

 笑って答えると、蒼羽が戸惑った表情を見せた。

「ええ?違うの?」

 その表情に、急に不安を覚えて、蒼羽の目をのぞく。

「・・・違わない」

 蒼羽が少し目をそらして、つぶやいた。その瞬間、ベリルとオーキッドがまた、同時に笑い出す。

「あぁぁ、今、すごく良かったよ、蒼羽。緋天ちゃん、ナイス」

「蒼羽の照れた所なんて、初めて見たなぁ。あー、もう。本当に、同じ蒼羽なのか、疑問に思ってきた・・・」

 

 

 

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