14.
「いらっしゃい。ベリルから話は聞いているかな?私がオーキッドです」
人の良さそうな笑みを浮かべて、握手を求めてくる。薄茶の髪と青い目。目じりと口もとに笑いじわが出来ている。荒い息を押さえながら、握手に応えた。
「は、始め、まして。河野、緋天、です」
「おや?息を切らしてどうしたんだい?」
オーキッドは自分と、横に立っている蒼羽を見比べて言った。
「ん?ああ、そうか、蒼羽。君が原因だろう?大方このお嬢さんに合わせずに来たんだな。全く。しょうがないな、蒼羽は。緋天さん、悪かったね、大変だっただろう」
「はい。じゃなくて、いいえ」
つい本音が出て、あわてて言い直す緋天を見てオーキッドは苦笑する。実際、街の中に入っても、周りをあれこれ見る暇もなく、蒼羽の背中を追いかけた。街の人間は特に変わった服を着ているというわけでもなく、自分の世界の服に形は似ていた。人種は色々で、白人と東洋人のハーフのような顔立ちの人間が多かった。
何人か、蒼羽に声をかけた者もいて。それを無視して進む彼を、声をかけた者は笑って見送っていたので、やっぱりそういう人柄なんだと改めて認識した。
街の隅の、レンガで出来たビルの中に入ってから、複雑な廊下を進んで明るく縦に長いこの部屋で、オーキッドを呼び出すまで蒼羽は何も話さなかった。
この人がベリルの言っていた、上の人間だと理解して、緊張がほぐれる。
「蒼羽、モーブが君に用があると言っていたよ。私達はここにいるから、それが終わったら緋天さんを迎えにきて」
「判りました」
敬語を使う蒼羽がとても珍しく感じて。いけないと思いつつじっと見てしまう。去って行くその背中も見送った。
「さて。緋天さん、こちらへどうぞ」
部屋の隅に置かれたソファを示された。腰を下ろすと、革張りのクッションに身が沈む。小さなテーブルを挟んだ向かい側にオーキッドが座る。
「えーと、君のこれからの予定なんだけど。緋天さんはご両親と一緒に住んでいるの?」
「あ、はい。父は単身赴任で。兄も一人で暮らしているので、今は母と2人なんです」
「うーん。やっぱりお給料を貰って帰るなら、普通の企業に就職した、と思ってもらった方がいいかな?こちらの世界の事は言えないから、ご家族には就職したんだと言った方がいいね。緋天さんはどう思う?」
オーキッドが、自分が困らないように家族の事まで考えてくれたのがとてもうれしくて。目の前の、40代に見えるオーキッドにも家族がいるんだろうと思った。
「はい、それで大丈夫だと思います。家族には上手く説明しますから」
「じゃあ、まずひとつクリアだ。次は、うーん・・・そうだ、休みを入れないとね。こちらの世界も1年365日なんだ。だから時間の感覚は一緒。予報センターの者は休みもバラバラだけどね。君はアウトサイドの生活に合わせて、日曜に休んで。土曜はどうする?休んでもいいよ」
その言葉に首を傾けて少し考えてから口を開く。
「うーん、じゃあ隔週で休んでもいいですか?第二と第四土曜日」
「ああ、それでいいなら。えーと、次は、出勤時間かな。これはどうする?」
「あ、そこまで細かく決めなくても大丈夫です。忙しい時は残業があるって言えば家族も別に気にしないと思います」
自分の為に細かい事まで考えようとしてくれる彼がおかしかった。大の大人が、それもきっと偉い立場の彼が。苦笑してしまいながら首を振って、先を続ける。
「それに。普段はベリルさんの所にいて、予報士の仕事に協力するなら、雨が降りそうな時が一番忙しいって事ですよね?それなら、定時になったので忙しいけど帰ります、なんて事できないと思うんです」
思わず目を見開いて、緋天を見つめた。穴の向こうのアウトサイド。利口そうな目で自分を見つめ返している。
「・・・君は。うーん、ベリルの言った通りだ。なかなか興味深い。今時珍しい若者だ」
昨日、すっかり興奮しきった甥が自分の部屋へと駆け込んできて。そして聞かされた俄には信じがたい話は、あちこちへ広まりながら大きな混乱を招いた。
その混乱を巻き起こした当の本人は、ごくごく普通の少女。そう思って見ていたのだが、実は少しばかり違っていたらしい。
困ったように笑った緋天が口を開く。
「ベリルさんが?なんか変な事言ってました?やだなー」
「いやいや、大変面白い事を聞いたよ。まあ、それは置いといて。9時までにベースに出勤する、というのはどうだい?ああ、穴の基点の建物、ベリルと蒼羽が住んでる所をベースと言うんだ。帰りは、その日の都合で決める。あまり遅くならないようにベリルにも言っておくから。あと、君のこれからの予定だけど。今日は金曜だから・・・・・・」
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