１２．

 

昨日と同じようにアーケードを歩いた。やっぱり右手にレンガ作りの通りが見える。夢じゃなかった。ほっとして、深呼吸。今日は気持ちいい五月晴れで。自然と足取りも軽くなる。昨日の夜はなかなか寝つけなかったせいでまぶたが重いけれど、気分は高揚していた。

 

 

「こーんーにーちーはー」

　ガラスの扉を開けたら、ベリルも蒼羽も見当たらなかったから、カウンターの奥に向かって、誰かを呼んでみた。今日は思いっきり、張りきっていたけれど、そう見せるのはなんだか恥ずかしい気がしたので。服装もごくごく普通に、と気を付けて、七分袖の淡い緑色のシャツと黒のジーンズ。肩掛けから携帯を取り出して画面を見ると、時刻は午後１時半。

「あ、緋天ちゃん。ごめんね。洗濯してたんだ」

昨日と同じ格好をしたベリルが２階から降りてきて、腕まくりしていた白いシャツの袖を下ろした。緋天が手に持った携帯に目を向けて言う。

「そういえば、携帯の電波、この穴の中までは届くんだった。番号教えてくれる？穴の外と連絡する手段が携帯しかないんだよ」

「あ、本当だ。穴の中って電波届くんですね。そういえば洗濯機とか乾燥機も普通に使えてますよね？どこから電気取ってるんですか？」

電波状態を表す３本線がきっちり立っているのを見て、それからこの家の電気機器を思い出す。

「電気を発する石があってね、うまくつないであるんだ。仕事柄アウトサイドの生活に慣れるようにね。まあ、実際機械の方が格段に便利だよ」

　得意そうに言って、黒いエプロンのポケットから、シルバーの携帯をベリルが取り出す。何の迷いもなく携帯を操るので、この人は本当に違う世界の人なんだろうか、という疑問が頭をかすめた。

 

手早く番号を交換してから、ベリルが思い出したように口を開いた。

「昨日ね、あれから私の上司、雨に対処する組織があるんだけど。そこに私達も所属してて。予報センターって言うんだけど。そう、それで、ここの穴を管理するセンターの上司に一応報告したよ。その上司がまた、中央の管理センターに連絡して。当然偉い人達も混乱したみたい。夜を徹して会議が開かれたそうだよ」

自分の顔をのぞきこんでベリルが笑う。

「緋天ちゃんも眠そうだね。あ、それでね、私の上司がいい事を思いついたんだ。緋天ちゃん失業中って言ってたでしょ？だから、私達に協力する事でお給料あげたらどうかな、って。上からの呼び出しがあった時は、そっちに行って、実験とかに協力。普段はここにいて、私達の仕事に協力する。どう？」

　不思議な世界にいるだけでもすごいのに、その上お給料までくれるとは。思ってもいなかった展開に、あまりにうれしくてめまいがする。

「どう？って・・・有難いです！お給料まで貰えるなんていたれりつくせりですね」

「良かった。あ、お給料はね、月に２０万くれるって。蒼羽がそれ位が妥当だって言って決めたんだけど。少ないなら遠慮なく言って」

「えぇ？とんでもない。かなり多いですよ。新卒の初任給なんて１４万

あるかないかですから」

　　　　　　　

ぶんぶん手を振ってから、また疑問に思った事を聞こうとしたら、ベリルが先回りして言った。

「そっちのお金はどこから調達するか？でしょ。穴の外を知る為に、こっちの人間も色々してるから。ここの電化製品もそうだけど。何て言えばいいかな？公共組織の偉い人達の保護のおかげだよ。こういう事ができるのは。判る？」

「うーん。つまり。日本の言い方で言うと、予報センターは特別な政府機関で、あたしは新種の珍獣で、どう対処すればいいか判らないから、手探りで最良の居場所を提供してる、って所ですか？」

　ベリルが破顔して、自分の頭に手を乗せる。頬に血が上った。けれども彼はそれを気にせず、そのまま髪をかき混ぜて口を開く。

「緋天ちゃん、絶妙な例えだね。本当に。面白い。仲良くなれそうだ」

「うわ、髪かき混ぜないで下さいよう」

「そういや、緋天ちゃん歳いくつ？高校卒業してアルバイトしてたっていう事は１８？最初見た時１６くらいだと思ったよ」

「やだなぁ。こう見えてもハタチなんですけど？そういうベリルさんはいくつなんですか？２８くらい？」

随分と年下に見られていた事が悔しくて。不満をこめてベリルを見ると、彼は苦笑していた。

「そうなの？じゃあ多分、蒼羽とひとつしか違わないよ。あ、私は３２だよ？そんな若く見えるかな？」

その言葉に二重に驚いて、昨日の蒼羽を思い出す。

「うわー、あたし早生まれだから、じゃあ蒼羽さんとタメだ。見えないー」

「まあ、蒼羽はあの無愛想と無口なせいで年上に見えるからね」

 

 

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