トリスティンの白珠姫 :おまけの小噺
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以下、『トリスティンの白珠姫』おまけステージになります。
温泉行く前日、トリスティン家を訪れた蒼羽と緋天のお話。
yumi様から頂いたセットイラストを見て、アドレナリン大分泌しながら書いた小噺(笑)
yumi様のイラストをお先にご覧頂くことをオススメします。
(リンクページか、イラストページからyumi様サイトへ飛んで下さい)
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「緋天様、いかがでしょう? 私、サントリナよりも上手くできたと自負しますわ」
「わ、・・・」
長い裾を踏まないようにと下ばかり見ていたから、大きな姿見の前へと連れて行かれたことに、傍らで手を引いてくれた彼女の言葉で気付いた。
上品な桜色の生地は、心配していた程、自分を浮かせてはいなかった。腕を被う長いレースグローブを手渡された時は、本気で逃げ出そうと思ったが、もともとドレスに合ったものだからか、特におかしなところはない。一番見慣れないのは、先日のベリルの家で施されたよりもしっかりと巻かれた、自分の髪だった。
「まぁ、緋天様! 崩してはいけません!!」
毛先を少し引っ張ってみると、面白いことにくるくると円を描くように縦に積み重ねられた髪が伸びる。そうすると単なるウェーブのように見えるのに、どうやったらこんな風にお姫様みたいな髪型になるのだろう、と不思議に思ったところで、横から驚いた声が上がる。思わず指先から放した髪は、バネのように元の位置におさまった。
「ごめんなさい・・・」
「っいえ、いいのです!! ・・・少々舞い上がっていたようです、申し訳ありません」
大慌てで頭を下げる彼女は、一時間ほど前、オーキッドに紹介された。シスルと名乗った彼女は、この家のメイド長で。ベリルの家のサントリナと同じ立場だと言う。てきぱきとした仕草は二人に共通していたが、シスルの方がサントリナよりも元気に見える。
事実、このドレスを着せてくれる時も、髪をセットしてくれている間も、ずっと朗らかな様子でお喋りをし続けていたから。おかげで他人と二人きりだという緊張はあっという間にとけていたが、この姿は果たして合格なのか、という点では不安だった。
「緋天様、蒼羽様もまだのようですし、温室をご覧になりませんか?」
「え!? この格好でですか? 行きたいけど、汚しそうで・・・」
万が一、土でも付いたりしたら、オーキッドに申し訳ない。
年末に贈られた白のドレスもそうなのだが、このドレスも彼に貰ったもの。他にも数え切れないほどの服、それも半分はドレスのようなものが大量に蒼羽の部屋のクローゼットに並んでいて。着て差し上げて下さいとシスルに連れられ、じっとその手に身を任せていたのだ。
「歩く練習になりますわ。裾は汚れるものです。きちんと洗いますのでご心配なさらず」
楽しそうにそう言われれば、そういうものかと思ってしまう。
教えられた通り、裾を蹴るようにして数歩進んだ。まずは扉を開けてくれたシスルのところまで。
次に立ち寄るのは、まだ先のことだろう、と思っていたのに。
年末はエレクトラムのところに居たのだから、今度はこちらに泊まれ、と。オーキッドに半ば強制的に呼び出され、緋天を伴い従ってしまった。明日の朝、ベリルから聞いた湯治場へと向かうのには、確かに今日ここに泊まった方が都合がいいのだが。
「何だ、わざとらしく息を吐くな」
「・・・緋天は」
話があると言われ、緋天の手を渋々放したのは自分だったが、彼女を一人にして大丈夫なのだろうか、と。それに加えて、隣に緋天の体温がないと何となく落ち着かないのと。そんなわずかな焦燥が、重たい嘆息に変じて。
「蒼羽、あまり纏わりつくと嫌われるぞ。緋天さんには蒼羽の部屋を見てもらってるよ」
「見るものなんてない」
纏わりついている、と言われるのは心外だった。
ただ、せっかく近くにいるのだから、緋天を腕の中に入れておきたいだけだ。
「年末から、姉上のところで緋天さんのものが足りないと、あれこれ揃えはじめてるからね。うちも負けたくないとアザレが言い出したから、色々と増えている、お前の部屋に」
くっ、と面白そうに笑い声をもらして、オーキッドが腹部に手をやる。
そうまで言うなら、緋天の為に用意された品で、自室の中が埋まっているのだろう。緋天は喜ぶかもしれない、と思えば、拒否はできなかった。
「・・・ところで、次の総会はどうするんだ?」
「連れて行きたい」
笑うことに飽きたのか、急に真面目な声音でこちらへ顔を向ける彼に、反射的に答えて。質問の内容は緋天のこと。それなのに、彼女にまだ何も説明をしていない。こちらは緋天を置いていくつもりはないのだが、本人の了解は得るべきであろう。
「そうか、手配はするが」
予想していたのか、然程驚きは見せずに彼の口が次の言葉を紡ごうと開いた。
要は、時間がないから、今の内に大まかなところだけでも決めてしまおう、と。それは分かってはいたが、緋天がどうしているか気になって、身が入りそうになかった。
「わぁ、わぁ、すごい・・・」
「緋天様っ、前を」
皺になりそうだな、と思ってしまうほど、ぎゅ、と左手の中の生地を掴んだまま。
温室に入った途端、左右を見回しながら足を進める彼女が、いつ転んでしまうかと焦って出した声が響いた。
「あ、・・・大丈夫です」
ぴくん、と一度背を伸ばした緋天が、我に返ったのか恥ずかしそうに俯く。
大人しいからと高を括って、ただ緋天の後ろに付き従っていたのが、どうやら間違いだったようだ。確かに大人しいのだが、今の様子を見て悟ってしまった。夢中になれば、周りを忘れてしまう性質なのだろう。着慣れないドレスの、しかも歩きにくいものを纏っていることを忘れて、駆け出してしまいそうになるほど。
「・・・おぉ、白珠姫様だね」
思わず出した大きな声は、温室の世話係を引き寄せてしまった。
あまり他人に会わせるな、と蒼羽に釘を刺されていたのにも関わらず。人見知りをするのだろうと挨拶をしてすぐに気付いてはいたが、彼の言葉に実は噴出してしまいそうだったのだ。ついこの前まで、誰のことも歯牙にかけなかったくせに、その溺愛ぶりは何だ、と。平然とした顔で緋天の手をつないでいた蒼羽を見て、腹を抱えて笑いたくなったのだが。
「あの、こんにちは。河野緋天です」
「はい、こんにちは。わしはヒースと言いまして、ここの温室を任されております」
思い出し笑いを抑えて、彼を遠ざけるべきかと悩んでいる内に、緋天が頭を下げていた。年の功か、それに目を丸くしたのは一瞬で、にこやかに彼は自己紹介していた。
「・・・黒樹の坊ちゃんはお元気ですか?」
「え? はい、元気です。・・・ヒースさんは会ってないんですか?」
「そうですなぁ、今日はお会いできそうな気がしますが・・・白珠姫は花はお好きか?」
のんびりとしたヒースの空気に、緋天もまともに受け答えしている。
ほんのり頬を染めている横顔は可愛らしく、許されるならば蒼羽のように手をつないでやりたかった。
「はい、いっぱいお花があるのでびっくりしました」
「では、じじいと一緒に回りませんか? その格好では歩きにくいでしょう、見頃の場所だけご案内しますから」
「緋天様、お嫌ならお断り下さいまし」
蒼羽が嫌がりそうだ、というのは口には出さず、勝手なことを言い始めたヒースを目線で咎めた。立場としては自分の方が上かもしれないが、昔からこの家に仕えている年長の彼に、面と向かって文句は言えない。
「いえ、そんなことないです。お願いします」
「嬉しいことですが・・・そうやって簡単に頭を下げては勿体ない。ただ笑って下さるだけでいい」
「・・・はい」
首を振って、またも目上の者に対するように口を開く彼女に。やんわりと諭す彼に、緋天の方は眉を下げたものの、素直に頷いた。偉そうな態度が取れない、というよりも、使用人の上に立とうとしないのだ、と。サンスパングルの家の者からも聞いていたし、短い時間だが、直接この目で見て確信した。
「今日は髪飾りは要りませんな。次は生花を飾って下さるとじじいは嬉しいが・・・」
緋天の髪を彩る飾りが、ドレスと同じものだと見て、ヒースは諦めたようにそう言いながら体の向きを変える。
「緋天様、参りましょうか」
「はい」
今度は緋天の横に並び、いつでも手を差し伸べることができるよう、彼女に声をかけた。
ごくゆっくりと歩き出したヒースの背中を見やってから、緋天がにこりと笑って返事をする。それを見て蒼羽の気持ちが分かった気がした。
「あっ!!」
嬉しそうに声を上げた緋天が、座っていた椅子から立ち上がり、こちらに向かってくる。
「・・・何で蒼羽さんもおめかししてるの???」
温室を見渡せるように設計された、いくらか高い位置にある東屋のその階段。長い裾に足を絡ませそうだと恐ろしくなり、急いで駆け寄って、段を降りはじめた緋天を抱え上げたら。彼女の困惑した視線が注がれた。
「かっこいい・・・」
腕に入れたまま、東屋の中へと戻り、緋天を膝に乗せたところで。そんな声と一緒に、横から忍び笑いが聞こえた。
「楽しかったか?」
「うん! すごく綺麗だった!! 今休憩してたの。蒼羽さんは用事終わった?」
「ああ」
漏れ聞こえる笑い声の犯人はシスルだと分かっていたので、無視をしながら、緋天を改めて目に入れる。
丈の長いドレスは、彼女の足を隠してはいるが、逆に上半身の布地が少ない。肩は覆われているものの、胸元をのぞこうと思えば容易に見えてしまう。特に緋天よりも背の高い男からは、いとも簡単に。
「これは駄目だ。二度と着せるな」
「っ良くお似合いですのに!」
着せたのはシスルだ。オーキッドやアザレが買い与えたものだが、選んで着せたのは緋天でなくシスルだろう。緋天ならば、これだけ肌が見えて、しかも歩きにくそうなものを自分から選ばない。
「聞かないなら、次から全部サントリナにやらせる」
「そんな!! 私にお任せ下さい!!」
シスルとサントリナは従姉妹同士。
サントリナは穏やかで分別もあるが、シスルは幾分男のようなところがあり遠慮がない。同じ立場のせいか、どうもサントリナに対抗心のようなものがあるらしい。どちらも世話好きなのは確かだから、緋天のものを整えるのが楽しいのだろう。緋天を送り出す前に、妙に張り切っていたシスルを見ていたからこそ、サントリナの名を口に出せば自分に従うと分かっていた。
「・・・すぐに戻るのか?」
先日のウェーブよりも更に髪が巻かれて。
きれいに形作られた縦の螺旋はどうも見慣れない。この前の緩いウェーブでも、翌日に少し残っていたのだから、これだけ巻けば明日もこのままなのか、と。
「蒼羽様! 崩れますっ」
毛先を引っ張れば、螺旋が伸びる。それをした途端、横から焦った声が飛んできた。
「同じ事で怒られた・・・」
くす、と黙っていた緋天が笑みをこぼした。彼女も同じように巻かれた髪をいじったのだろう。
「緋天様、シスルは怒っておりませんわ。その髪は、今日の夜きちんとお手入れすれば戻りますから。黄珠様から頂いたものを使いましょうね」
「はい」
温室の中が暖かいせいか、素直に返事をした緋天の頬の血色がいい。膝に乗せていても嫌がらないので、少なからず彼女のご機嫌がいいのだと分かった。
「蒼羽さん、なんでその服着てるの? お揃い?」
そう言われて、これもシスルが用意したのだと気付いた。首を傾げながら緋天の細い指が首元に伸びる。そのままにさせてみると、タイを撫でてから、今度は胸ポケットのチーフへ。緋天が自分から触れてくる、という甘い陶酔に包まれたところで、その指はドレスのスカート部分を摘まんでいた。
「・・・緋天・・・」
布越しとは言え、指先の感覚が心地よかったのに。
本人は、ただ単に共布であることを確かめたかったらしい。
「どこか行くの?」
もう少し、と言う事もできずにいると、左に傾いていた首が、今度は右に傾く。
「・・・客が来るそうだ」
「お茶会のようなものですのよ。お菓子もたくさん出ますから、後で蒼羽様とお召し上がり下さい」
「お菓子・・・でも、お客さんいたらお邪魔じゃないかな?」
「それはないな。緋天は気にしなくていい」
シスルが緋天の関心を惹こうとして出した言葉は、半分成功した。客が来る理由が、緋天をこの家に慣れさせようとするオーキッドの画策だとは言えず、適当に誤魔化すしかない。
「っっ、ん、ん」
まだ時間がある、と。薄く色付いた唇を塞いだ。
水滴をのせたような艶を放つそこを舐めとって、ようやく人心地ついた気がする。
「あっ・・・リップ塗ってもらったのに・・・」
「シスル、後で直せ」
「・・・蒼羽様、私を笑い死にさせる気ですか?」
肩を震わせて背を向けたままのシスルが、今度は隠しもせずに笑い出して。
頬を染めた緋天の髪を撫でられずに、何となく手が余り、髪飾りをいじった。
「楽しそうですな。・・・黒樹様、ご無沙汰しております」
髪から視線を下げて、触れとばかりに目の前に晒された鎖骨に手を落としていたら、階段下から庭師の男が頭を下げてきた。
「まだ引退してなかったのか?」
「昔のようにはいきませんので、最近は温室だけですな。庭は若い者に任せておりますので」
七十近くだろうか、もういい歳なのだが、彼が未だにこの家で働いていることに驚いた。笑んだその顔には皺が刻まれていたが、足取りはしっかりしていた。手に提げた籠には、摘まれた花。
「緋天様、これはお部屋に活けましょうか? こちらは湯に入れると肌に良いものですが」
「わぁぁ・・・」
「後で用意しますわね」
緋天が籠へと視線を向けているのに気付いて、彼女が見やすいようにとヒースがそれを傾ける。嬉しそうな笑顔を目にして彼も満足そうに見えた。自分の知らない間に打ち解けていたらしく、緋天が躊躇せずに膝から降りてヒースの方へと行ってしまった。引き止める間もなく。
「お花いっぱい・・・あっ!これ頂いていいですか?」
「それは棘がありますからな・・・少々お待ち下さい。というよりも、じじいの為に黒樹様のところにお戻り下さると有難いのですが・・・」
「・・・緋天、危ないから触るな。あと、あまりそれで歩くな」
「いい事思いついたの」
しゃがみこんで花を夢中で見る緋天を、後ろから抱き上げて座りなおすと。専用のナイフで棘を取り始めたヒースの手元と、自分の顔と。緋天の目線が行き来する。
彼女が欲しがった薔薇は、そのドレスと同じ色合い。
「緋天様、どうぞ」
そわそわする緋天に、ヒースは棘を取った一輪を差し出す。
「ハサミありますか?」
「ありますが・・・黒樹様」
「まぁっ、蒼羽様! そんな危ないものを」
渡していいかと言葉に出さずに聞いてくるヒースに頷いて許可を出せば、シスルが声を上げて。
「緋天、どうするんだ?」
ハサミを扱えない馬鹿ではない、と彼女を視線で黙らせて、緋天の行動を見守った。
「短くするの・・・それでねー」
ぱきん、と軽い音を立てて、刃を茎に当てた後、シスルを気にしたのかすぐにヒースにそれを返して。大事そうに持った花をこちらに渡す。
「これ飾ったら、王子様みたいだよ」
「っぶ!!」
期待するような双眸を。
とても嬉しそうなその声音と笑顔を。
「・・・これでいいか?」
「うん!! 今日の蒼羽さんはピンクだからすごい!!」
無視することなど。
到底、できない。
緋天の望むまま、胸ポケットに薔薇を挿すと。
その顔が更に輝く。
何がすごいのか、と聞く気力はなく、噴き出して体を折るシスルを放って、腕に緋天を入れたまま立ち上がる。代わりにヒースが後ろを付いてきた。
「あっ、潰しちゃう!」
「・・・緋天、動くな。ここならいいだろう」
挿したばかりの花を傷める、と緋天が降りようと身をよじるので。
抱えなおすと大人しくなって。
「平和ですなぁ・・・」
ヒースが誰ともなしに呟いたその言葉に、何となく口元が緩んだ。
End.
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