Snow hut with My Sweetie.

 

「お帰り。うまくいった?」

 ドア一枚を隔てた、その向こう側の空気が頬を撫でる。

 人工的に暖められたものではなく、薪をくべて作り出した暖気はやわらかく心地がいい。それを少し嬉しく思いながら、ベリルのかけた声に頷き、ベースの中を見渡した。

この室内で視界を遮るものなどそれ程ない。一瞬で済んだ確認のその結果は、俄かに自身を気落ちさせた。

「わかりやすいな」

 一時間ほど前に、感情を抑えきれず暴発しそうだったアウトサイドを無事に治めて。ここ2〜3日、そのせいで緋天とすれ違っていたので、今日こそは彼女に触れようと思っていたのだ。

はやる気持ちで帰ってきたそれを、たった今、ベリルに鼻で笑われたからといって抑える気にはなれなかった。

 

「緋天ちゃんなら外にいるよ」

 笑い含みにそう言われ、不安がよぎり玄関へと体が動く。

 勢いがついて少しばかり強めに引いたドアが閉まり、再び冷たい空気が全身を包んだ。肌をさす冷気はまだ日が傾く前なのに、穴の向こう側より確実に低温。事実、視界に映るのは雪の白さ。穴の外ではめったに降らないものが、ここでは有り余る程だ。それを見慣れない緋天が喜ぶくらいに。

「うーん、まだ足りないよな、これじゃ」

「だよねぇ・・・もうちょっと頑張ろうか」

 耳に届いた話し声が、庭の塀の向こう側からだと気付く。

 自分が思った通りのものだったと、よぎった不安に嫌な確信を得て、足を進めた。それから、彼女と一緒にいるのがまたもやシンであった事に、安堵と嫉妬を覚えながら。

「緋天!」

「あっ、蒼羽さんっ。お帰りなさいっ」

 白い景色の中で浮かび上がる、緋天の笑顔。嬉しそうに駆け寄ってくるその姿にひとまず満足して、伸ばした腕で緋天を抱きしめた。指先に触れる髪は冷たい。

「戻るぞ」

 彼女の肩越しに、シンを睨む。それを予測していたのか、シンの方は素知らぬ顔で横を向いた。緋天の体は間違いなく冷えていて、何故ベリルもシンも彼女を外に出していたのだ、と苛立ちが奔る。

 シンの手にはスコップ。その横には小山になりかけている雪。

 暑さに弱い反動なのか、緋天はどれだけその体が冷えようとも、雪にまみれて遊ぶことを優先していた。楽しければ楽しいほど、寒さに無頓着になる。それに気付いたのはごく最近だが、風邪をひくからあまり外に出すなと周りには言い含めているのに。

「まだやりたい・・・」

「駄目だ」

「・・・ちゃんと厚着させたから平気だって。な?」

 抱き上げた瞬間、緋天の名残惜しそうな声が頭の上で響く。それを拒否すると、後ろからついてくるシンの言い訳じみた声。

「うんっ。いっぱい着てるもん」

「それでも」

 ざくざくと音を立てる足元の雪を蹴散らして、ベースの中に戻る。緋天のその言葉を信じたとしても、これ以上雪の中に置いておく気にはなれない。

「あはは、やっぱり連行されたか〜」

「うー・・・」

 暖炉の前に緋天を降ろして、のんきに笑うベリルを目線で非難する。シンと同じように涼しい顔でそれをやり過ごした彼は、湯気を上げるカップを手渡してきた。そのタイミングの良さに結局何も言えず、不満げな緋天にそれを与える為に腰を下ろして。

 マフラーとコートを脱がせて手が止まる。

「緋天ちゃん、よく踏み固めて作らないとダメだよ。途中で崩れちゃうからね」

「は〜い。明日続きやろうね、シン君」

「あー、・・・蒼羽が許したらな」

 ベリルの声に反応して、ソファのシンを振り返る緋天。ただ雪を集めているだけなら、濡れるはずのない髪や、コートの背中が水分を含んでいる事に全く気付いていない。

「・・・緋天」

 何をどうしたらそんな風に濡れるのだ、と問いただそうとして。

「蒼羽さん、・・・だめ?」

「っっ」

 視線を自分に向けて、腕の中でそうやって首を傾げられたら。

「はい、蒼羽の負け〜。緋天ちゃん、明日は帽子もかぶろうか。髪濡れてるから蒼羽が心配してるよ」

「・・・なんだかんだ言って、ベリルも過保護だよな」

 シンの小さく笑む音に、ベリルは否定しない。律儀に自分の返事を待つ緋天は、じっとこちらを見上げていた。少しだけなら、と答えようと口を開いた時。

「っくしゅ!」

 両手を口元にあてた緋天。何でもないと主張するように首を横に振る。

「駄目だ」

「もう〜、おねだり上手になったね、って誉めようとしてたのに。墓穴掘ってどうするの、緋天ちゃんてば」

「だな。肝心なところでダメじゃん」

 自分の言葉か、それとも二人の言葉に対してか。まだ首を振る緋天を抱えなおして、濡れた髪を暖炉にかざして乾かす。

「蒼、」

「駄目だ」

 緋天が何かを言い出そうとして、それの予想がついたから遮った。眉を寄せたその表情に罪悪感を覚えたが、風邪を引くかもしれないのに、緋天の望みは聞き入れることはできない。

「あ〜、可哀想に・・・緋天ちゃん、そんな顔しないでよ。明日だけ大人しくしてればいいよ」

「せっかくお休みなのにー・・・」

 小さく呟くその言葉には答えず、いまだ訴えてくるその双眸に耐えた。

 

 

 

 

「え? 今日は緋天ちゃん、アレの日? 違うよねぇ」

「・・・何故知ってる」

「わ、何ナイフ出してるんだよ」

 緋天を送り届けてベースに戻ると、ベリルが首をひねってさらりと言う。聞き捨てならないそれに、左手にナイフを出した。

ベリルが疑問に思ったのは、週末にも関わらず、緋天を外に連れ出さずに帰ってきたからだ。問題なのは、一番に思いついた理由と、その否定。

「だって緋天ちゃん判りやすいもん。顔色悪くなるし、だるそうだし」

 両手を上げて弁解するベリルの言葉は、確かにその通りで。

 けれど、緋天を家に帰したのは半分はベリルのせいでもあるのに。

「風邪をひきかけてる。何で外に出したんだ」

 散々遊んだせいか、帰りの車の中では眠そうで、疲れているように見えた。その前に自分が彼女の望みを断ち切った事が一因かもしれないが。いつもよりも更に口数は少なく、鼻声で。

「何でって・・・えらく楽しそうだからかなぁ」

「だよなぁ、すっげハイテンションだぜ。普段大人しいくせにさ」

「そうそう、雪が緋天ちゃんの何かを駆り立てているんだよ」

 

 黙っていたのに、唐突に緋天の様子を言い出すシン。

ベリルの言葉も間違ってはいない。

 

「熱は出てないんでしょ? それなのに蒼羽はダメダメ言うし、家に帰されたから、きっと緋天ちゃん泣いてるよ」

「蒼羽に嫌われたーとか思ってるんじゃね?」

 次々と飛び出すそれらには、棘と、からかいの音がどこかに含まれていた。

 本当は自分だって、緋天を腕の中に入れて眠りにつきたいのに。ただ、何もせず眠るだけ、ということに自信が持てない。疲れた彼女に無理をさせてしまいそうで。

 

「新しいゲーム機。あと、ソフトも」

「明日のお昼、緋天ちゃんがいてくれればいいんだけど?」

 

「・・・っナツメを呼べ」

「うっわー、職権乱用〜」

 

 露骨に右手を差し出すシンと、何でもない顔で要求を口にするベリル。

 笑いながら、連絡を取りに廊下に出たベリルを見送って。ソファに残ったシンに目を移す。

 

「緋天さ、かまくら作ったことも、見たこともないって」

 

 にやりと笑うそれは、ベリルやフェンネルが何か善からぬ事を言い出す時に似ている。

 

「それで作ろうとしてるから笑えるよな。あいつが一人でやったら、どんだけ時間かかるんだよって感じ? で、蒼羽と二人で入るって言ってるし」

「っ・・・明日には実現するから問題ない」

 

 更に嫌な笑みを浮かべるシンに背を向けて、携帯を取り出しながら二階へと上がる。

 ベリルが示唆するように、いらない不安を抱えているかもしれない緋天の声を聞く為に。

 

 

 

 

「わぁ〜」

「良かったね〜、緋天ちゃん。夢が叶った?」

 嬉しそうに笑う緋天が、小さな雪のドームの中へと入っていった。こくこくと首を縦に振った彼女と手を繋いだままの蒼羽も続いて中へ。少し前まで、声をかけるのも憚られる程、真剣にスコップを持っていた彼とは正反対の笑顔で。

「・・・ふぅ、間に合って良かったよなぁ。首がつながった」

「おい、聞こえるぞ」

 隣でクレナタが小さく呟いたのを急いで止める。

 今朝、早番勤務の門番隊に、隊長より言い渡された仕事は、前代未聞のものだった。ただ、それをやり遂げないと、これから先、一人の男に睨まれて生きる事になる、とさえ言われて。

 

 

「いいか。選択肢は2つだ」

 まだ外は仄暗く、隊長の表情は厳しかった。

「マロウ。緋天さんの笑顔と、がっかりした顔。どちらを選ぶ?」

 名指しされ、答えを求められた。

 後者を選べないことくらい、判っている。

「笑顔を」

本心から言っても、もちろん彼女の笑顔を取る。

「そうか。じゃあ、ストック。緋天さんが風邪を引くことと、元気であることでは?」

「そりゃ、元気な方です」

 満足そうに頷いた隊長から、同じ種類の質問が右に立つストックへと投げられた。更に右隣のクレナタが、次の質問に身構えているのが判る。

「クレナタ。蒼羽さんの一時の上機嫌と、お前を見かける度に睥睨(へいげい)されることでは?」

「げっ、一時でもいいから、上機嫌な方を選ぶに決まってるじゃないですか」

 心底嫌そうな声を出す部下を笑ってから、隊長はもう一度生真面目な顔を作った。

 

「よし。では、お前達」

 

 ぴし、と全員が背筋を伸ばす。

 次に言い渡される命令が、緋天と蒼羽がらみの事であるのだと既に察していた。

 

「本業務の門番二名以外に、雪洞作りを命じる。各々、用具を持ってベースに集合せよ」

 

 かつてない言葉に、ざわついた詰め所内に、もう一度隊長の声が響いた。

「異論のあるものは従わなくていいぞ。ただし、蒼羽さんから一生睨まれることになるが」

 一瞬で皆の姿勢が元に戻ったのを感じた。

とにかく空気が固まったのだ。蒼羽の名を出されて。

「返事は!?」

「了解しました!」

 ずっと静かだった隊長の口調が、最後の一言のみ、大声で。

 条件反射で答えが揃う。

 

 そうして、緋天が来るまでに、皆で雪と格闘していたのだ。

 

 

 ふ、と小さく笑うベリルが、自分達の横を通り過ぎ、彼らに続いた。それから、同じような笑みを浮かべたシンも。

「ここでお昼ご飯食べようか?」

「わーい。あっ、アルジェさんにも見せてあげたいです!」

「そう? じゃあちょっと呼んでくるね〜。緋天ちゃんが来て欲しいって言えば来るからね〜」

 ご機嫌なベリルの声が響いて、再び目の前を通り過ぎるベリル。

 彼もまた、蒼羽と同じようにスコップを握っていたのだが、全く疲れを感じさせない動きで、いそいそと街の方へと下りていった。

「シン君、雪だるま作ろう」

「いいけど。お前、帽子かぶれよ。ベリルに言われてたじゃん」

「うん。今日は持ってきたよ。・・・蒼羽さん、遊んでもいい?」

 ちらりと中をのぞくと、相変わらず緋天には甘い顔を見せる蒼羽が、寒さから守るためか、彼女の腰を抱いている。その蒼羽に、おそるおそる、と言った感じで許可を得ようとする緋天がいた。

「・・・アルジェが来るまでなら」

 本当は駄目だと言いたいのを、我慢しているのが分かる表情だった。ここ最近、彼が緋天を心配して外で遊ぶのを止めていたのは知っている。彼女としては、蒼羽の機嫌を悪くしたくないのだろう。

 しぶしぶ出されたその返事に、ぱっと緋天の顔が輝く。

 それに蒼羽が口元を緩めるのが見えた。

「あ、緋天」

 ニット帽をいそいそと取り出している緋天を、シンが手招きして。こそりと何かを呟いていた。彼の方へ傾けていた半身を戻して、緋天が入り口を塞いでいた自分達へと目を向ける。

「マロウさん、クレナタさん」

「っ、はい!?」

 突然の彼女の視線に、横のクレナタが背筋を伸ばす。蒼羽の一睨みが来ないかと、彼はびくついているのだ。もちろん自分も、いつ向けられるか分からない嫉妬の視線は避けたい。

「これ。お忙しいのに作ってくれて、ありがとうございます」

「あっ、いえ! 大したことはしておりませんので!!」

「どういたしまして」

 上擦ったクレナタの声に笑い出しそうになりながらも、緋天の柔らかな笑みを目にしたことは嬉しかった。たとえ、その後ろで蒼羽が面白くなさそうな顔をしていても。

「シン君もありがとうね」

 同じ笑顔を傍らのシンへも向けて。それに対して得意げに口元を上げる小さな彼。

 それから。

「蒼羽さんが言ってくれたの?」

 緋天が完全に振り向く前に、顔面から威圧的な空気を解いた彼は、返事をせずに小さく笑って。

 

「こっちがいい」

 

 彼女が同じように感謝の言葉を口にしようとした時、噛み付くように唇を塞いでいた。一生懸命に離れようともがく緋天の背と頬を押さえ、半ば無理やりに。

「うわ」

 目線を逸らさないクレナタがぼそりと呟く。

「っっもう! 蒼羽さんっ」

 

 真っ赤になった頬を膨らませる緋天を、なるべく見ないようにして。

 クレナタと二人で、そっと身を引く。

 いつまでも彼女の傍にいれば、きっと、蒼羽は同じようなことを繰り返すのだろう。

最後に目に映ったのは、満足そうな蒼羽の笑みだった。

 

 

 

 

「・・・あっ、アルジェさんはそっち座って下さいっ!」

 またこのパターンか、と緋天の声を聞いて思う。

 どうやら彼女は、ベリルと自分の橋渡しをしようと目論んでいるらしい。しかもその行動は、とても判りやすい。あからさまに、こうしてベリルと一緒にいさせようと動くのだから、気付くなと言う方が無理というもの。

「あの、でもね、緋天さん」

「そこに座れ。邪魔するな」

「っ、蒼羽まで・・・」

 

 昼ごはんを食べよう、とベリルが誘いに来たのは、ほんの30分前。

 いつもの笑顔に、何を言おうかと戸惑っている内に、緋天が見せたいものがあると呼んでいる、と言い出した。最近、緋天を材料に使われることが多いのだ。彼女を出されたなら断れないと分かっていてやるベリルが嫌いだ。

 

 おまけに、張り切る彼女の味方をする蒼羽が、これまた余計で。邪魔をするなというのは、これ以上緋天との時間に割り込むなという事だ。それならば、こんなところにいないで、さっさと彼女を連れ出せば良いものを。普段ならばベリルの企みなどあっさりと跳ねのけていそうなのに、緋天の為に彼は動く。その事を痛感した。

「はい、ここね」

 口を開かず傍観していたベリル。その隣に仕方なく腰を下ろす。

 正直、かまくらなどどうでもいいのだが。緋天が嬉しそうにするから、付き合ってしまう。例え、この場にベリルがいて、後で際どい事を言われようとも。

 

 にこにこ笑う彼女を見て、今この場にいる自分もその恩恵にあやかっている。

そんな気がして。

隣のベリルの意地悪げな笑みに、同じように笑い返してやった。

 

END.

 

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